21 Nascent 【新生】 【21-1】

21 Nascent 【新生】

【21-1】


相馬さんは、お母さんの借金を返すために、ここへ戻ってきた。

家族のしがらみから解放されたわけではなく、まだ、その時間をひきずっている。


「お金だけじゃなく、ハル江さんは郁美ちゃんを息子さんの嫁にしようと、
張り切っているんです」


そう、『後妻』の話。


「2年前にね、一人息子さんが離婚したんですよ。
小学生の息子と娘が一人ずついて、まだ手がかかるし、『わさび田』のこともあるし、
再婚して欲しいと、ずっと言っていたみたいなんだけど」


清田家の後妻候補。

いつのまにかそんなことになって……


「断ったとは聞いていたんだけどね。結局、アパート引き払って、
今、住み込みだって言うし……このまま押し切られてしまうんじゃないかって、
麻奈も心配していたんです」


彼女がその人を好きだと言うのなら、そういうこともあるのだろうが、

清田の家に『柿沼』が首を突っ込んでいるという話しが出ただけに、

胸騒ぎがしてならない。


「前のお嫁さんは隣町の娘さんで、親も揃っていたから、
ハル江さんの言いなりにはならなくて。結局、破談でしょ。
でも、郁美ちゃんには身寄りがいないから。しかも、借金のことがあって、
立場も悪いし……ねぇ」


『ヴィーナ』と協力関係になる清田の家。

岩佐教授、さらに智美さんのカルテの件で、

『柿沼』は彼女に対して、いい思いなど持っていないはず。


「私なんかが騒いだって、清田の家に、みんな正面切っては逆らえないのよ。
何も言えなくてね」


この間、偶然出会ったメガネの安居さんも、

ハル江さんが来た途端、表情も態度も変わった。


「あの、清田さんの家は……」

「あぁ、やめてくれ、それは」


そこまで黙っていたご主人が、急に両手を広げて僕の前に出た。

奥さんは、何をやっているのかと、不機嫌な顔をする。


「信子。お前、本当に清田さんのところと、やりあうつもりか。
ちょっと待ってくれ。あなたがここで話を聞いたと怒鳴り込んだりしたら、
清田さんからうちがにらまれますから」

「お父さん、何を言っているの」

「何って、お前……清田の家は今、東京の大きな会社と手を結ぼうとしているんだぞ」

「関係ないでしょう」

「なくないだろうが」

「どんな関係があるって言うんですか」

「会社が建物を何か作れば、そこで働く人が出る。
そうすれば、うちが物件を紹介する。ほら、どこが関係ないんだ、逆に」


土地全体が『わさび田』の恩恵で暮らしているのだから、

大きな農家である、清田家には、それなりの力があるのだろう。

確かに、郁美さんの同級生だというこの家に、迷惑がかかるのは困る。


「大丈夫です。ここで伺った話しは、何も言いません。
清田の家は幸い、ここらあたりでは大きいようですし、
通りすがりの人に住所を聞いたとしても、おかしくはないでしょう。
僕がただ、個人として彼女に会いに行きます」


東京に好きな人がいる。

郁美さんは、同級生にそう語ったらしいが、

その真相は彼女でなければわからない。


「彼女に会って、正直な気持ちを聞きます。彼女のことを心配している学生や……」


アレン、俊太、教室長……


そして……


「僕自身、それを聞かないと納得できないと思い、ここへ来ましたので」


彼女が、心から幸せだと思える生活を送ること。

それをどうしても見届けたい。




『宇野……いい研究だ』




それが、僕を育ててくれた岩佐教授に出来る、唯一のこと。




『白葉町32の8』



これが清田さんの住所だと知り、僕はご夫婦に頭を下げる。


「色々とありがとうございました。
ここに立ち寄ったことなどは、絶対に言いませんので」


ご主人はそうしてくれと頭を下げ、奥さんは大丈夫ですよと笑っている。

僕はもう一度二人に頭を下げると、住所のメモを助手席に置き、

エンジンをかけた。





清田の家まで、『佐野不動産』からほんの5分ほどだった。

先日、お土産を買った『わさび田』は、ここから少し走った山の方になる。

大通りを行くと遠回りになりそうな、自転車が通れそうな細い道が、裏通りに見え、

おそらく、この道から来た自転車に乗って、

みんな『わさび田』へ行くのだろうと、そう思えた。



『清田ハル江』



表札は、ハル江さんの名前。

もうすでに、ご主人もいないということだろうか。

インターフォンを鳴らしてみるが、誰も出てこない。

『わさび田』で作業をしているのかもしれないので、しばらく車を止め、

誰かが戻ってくるのを待つことにした。




【21-2】

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