のどかな場所。
都会のようにゴミゴミしたところはまるでなく、自然の移り変わりを、
自分の目でしっかりと確かめられるようなところだ。
『ストレイジ』で、ケースに入れた苗を見続けているけれど、
太陽と、風と、気温と、全てをデータ化することは出来ない。
ここに根付き、自然との闘いを制してきた植物たちほど、強いものはなくて。
教科書とにらめっこをして、生物のあれこれを教えるより、
ここで事実を見つめることのほうが、よっぽど勉強になる気がしてしまう。
カエルの卵も、鳥の巣作りも、虫たちの生態も、今、目の前にある。
しばらく運転席に座っていると、小さな女の子が自転車に乗り、こちらに向かってきた。
清田家の前で自転車から降りる。
僕はハル江さんの孫だろうと思い、『すみません』と声をかけた。
「……何?」
「ごめん、怪しい人じゃないんだ」
妙に近付くと、大きな声でも出しかねない。
僕は、ここに相馬郁美さんがいないかどうかと、問いかける。
「相馬? あぁ、いくちゃん?」
「いくちゃん……うん、そうかな」
郁美さんだから、いくちゃんと呼ばれているのだろう。
彼女は本当に、この家に住んでいるのだろうか。
「いくちゃんは、いません。お仕事中です」
「『わさび田』の方にいる?」
「……知らない。でも、おうちにはいない」
女の子はそれだけを言うと、門を開け、自転車と一緒に中に入ってしまった。
ここに大人がいないとなると、あの『わさび田』に行き、
彼女がいるかどうか、直接聞かないとならないが、
車で移動すれば、またここにすぐに帰っては来られない。
車に戻ろうかどうしようか悩みながら、しばらく道端の草花に触れていると、
門が開き、中から一人の男性が姿を見せた。
そばには、今戻ってきた女の子が立っている。
「郁美さんに、何か……」
「あ……すみません」
その男性は、ハル江さんの息子さんだろうか。
インターフォンを鳴らした時には、誰も出てこなかったのに。
その男性は、僕のことをじっと見た後、そばに止めた車の方に視線を動かした。
「東京から……ですか」
「はい」
「あ……そう」
あまり、歓迎されていないのだろうという空気は感じ取れたが、
ここは引き下がるわけにもいかず、僕は相馬さんがどこにいるのかと問いかけた。
「あなたは……」
「すみません、『宇野柾』と言います」
「宇野さん」
「はい」
僕は、彼女が東京にいたとき勤めていた塾で、一緒に働いたのだと説明した。
手紙を出した学生が、急に住所が代わり、
郵便物が『不明』になったことを心配していること、
さらに、僕自身が、彼女に聞きたいことがあってきたことなどを話した。
清田さんは、軽く頷きながら聞いてくれる。
「直接、話をしたくて、ここへ」
「……いませんよ、今」
「どちらですか、『わさび田』ですか」
「いや、そっちにもいません」
『いない』の連発。
ハル江さん同様、この人も相馬さんを隠すつもりだろうか。
「それでは、どちらに行かれているのですか」
簡単に引き下がれない。
『佐野不動産』で聞いたことが本当なら、このままにしておくわけにはいかないだろう。
柿沼がまた、何を企んでいるのか、わからない。
「集まりがあって、参加してもらっていますので」
「集まり……それはどこで」
「部外者は困るんだ。郁美さんには、うちの代表として行ってもらってますし……」
農家同士の寄り合いだろうか。それとも、もう少し大きな集まりだろうか。
どこで行われているのかわかれば、すぐにでも行けるのに。
「出直したら……どうですか」
清田さんはそういうと、娘さんと一緒に門を閉めようとする。
「今日中には戻られますよね」
この家に住んでいるのなら、戻ってくるはず。
「そりゃまぁ。何時だかわかりませんが」
「待ちますので」
隠されれば隠されるほど、ほっておけない。
話を聞いてしまった以上、彼女に会わずに帰れない。
「……そうですか」
清田さんはそういうと、頭を下げ、中に入ってしまった。
高い塀と、大きな木々に囲まれていて、門の中がどうなっているのか、
よくわからない。
『後妻』
彼女は、それを望んでいるのだろうか。
僕は、それが知りたい。
昼過ぎには静岡につき、『佐野不動産』に立ち寄り、清田の家に来たときはまだ、
太陽が高い位置にあったのに、今はすっかり日が沈み、街灯の少ない町の中で、
僕は真っ暗な車内にいる。
携帯を見ると、時刻は夜の10時を回った。
【21-3】
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21 Nascent 【新生】 【21-2】
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