21 Nascent 【新生】 【21-6】

【21-6】


「……嫌よ」

「彩夏」

「絶対に嫌。私はこんな身勝手な話、認めないから」


彩夏はそういうと、僕に背を向けたまま、店を出て行こうとした。

僕はすぐにそれを追いかけ、彼女の腕をつかむ。


「彩夏」

「これ以上は、何も聞かないわ。どうしても話を聞かせたいのなら……」


聞かせたいのなら……


「ベッドの中にして……」


彩夏はそう言いきると、僕の腕を振り切り、ヒールの音をさせながら、

エレベーターの方へ向かう。

僕は、もう一度追うつもりで振り向いたが、

今の状態では余計にことを荒立てる気がして、彼女の背中をただ、見送るだけになる。



今までも、女性と別れを迎えたことは何度もあった。

でも、互いに、心の入り口しか見せていなかったからなのか、

風船がしぼむように思いを小さくした記憶ばかりだ。



『変えるって……』



そう、互いの関係性を変えようとしたのは、僕自身。

あれがなければ、もう少し違っていたかもしれない。

電話番号と、アドレスと……



女としてのスイッチしか知らない間柄だったら……



僕は、納得してもらうまで、何度も話し合うつもりで、メールを打ち込んだ。





『SOU進学教室』

夏を迎え、色々と定期テストも盛んになる。

俊太の成績があったので見てみると、初めて理科が『海南』の平均を超えた。


「あ……」

「そうなんですよ、宇野先生」


後ろに立っていた教室長が、これを見たら本人も喜ぶでしょうねと、

そう声をかけてくれた。僕もそうですねと返事をする。



『すごい、俊太君。先生、たくさん褒めてあげてくださいね』



彼女なら……きっと……

こんなふうに、喜ぶだろう。



「この調子が続くといいですよね」

「はい」


この長い休みは、受験生たちにとっても勝負の夏になる。

僕は俊太の成績表を袋にしまい、授業のための準備を始めた。



『わかってほしい』



彩夏にメールを打つつもりで携帯を開いたが、僕は打ち込むことなくテーブルに置く。

こちらの都合で、畳み掛けるようにするのは、あまりにもズルイ。

3年もの時間を、互いにかけてきたのだから。


ただ、こうしている間にも、相馬さんをめぐる色々な出来事が起こりそうで、

別の心配も生まれてくるけれど。

今の僕では、彼女を説得できる材料がない。


10日ほど時間をおき、彩夏にメールを打ってみたが、何も返信はないままで、

アレンや俊太の頑張る、夏の講習はあっという間に終了した。





カレンダーは、9月に入り、少しずつ秋の風を運んでくる。


「宇野」

「はい」

「お前、この夏、あまり休みを取らなかったな」

「あぁ……はい」


澤野さんと『ストレイジ』でいつもの仕事をしながら、

出てくるデータの数字を、残さず書き写す。


「休める時に、休んでおいた方がいいぞ。塾の方も講習がないと聞いていたからさ、
俺はてっきり、長い休みでも取るのかと思っていたよ」


長い休みを、取ろうと思っていたときもあった。

でも、状況が変わってしまった。


「この先、まだ色々とあるかもしれないので」


僕はそう言いながら、休憩を取りますと部屋を出る。

研究室のそばにある廊下の窓を開け、去っていく最後の夏風を、頬に感じた。

何かに集中していたかったのかもしれない。

自分が今、必死に形にしようとしていることを、

自分自身感じ取りたかったのかもしれない。

明日のことなど別に考えることなく、今を楽しく生きていくことが、

自分の人生だと、諦めていた日々に……



僕が別れを告げたのだと思えるように。



『幸せな時間でした……』



あの人に、少しでも近づけるように、僕は大きく背伸びをすると、

首を軽く動かした。




【22-1】

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