23 Affection 【慕情】 【23-6】

【23-6】


久しぶりにゆっくり話ができた店を出て、僕は清田さんが待つ場所へ、

相馬さんを連れて行った。

今日は、あくまでも仕事でこちらに来たということになっている。


「色々と、ありがとうございました」

「いえ……ゆっくり話ができましたか」

「はい」

「……はい」


僕よりも少し遅れて、相馬さんがそう返事をする。


「それなら、よかった」


清田さんは、新幹線の時間があるのでと、相馬さんに切符を渡す。


「宇野さん」

「はい」

「とりあえず郁美ちゃんを連れて帰ります」

「はい」


清田さんは、子供たちに東京土産を買ったと話し、相馬さんは嬉しそうに頷き返す。

僕は、階段を上がっていく二人が見えなくなるまで、改札の前で見送った。





『東京へ……』



これから『わさび田』の収穫時期になるため、おそらく忙しい毎日を送るだろう。

その後、相馬さんを僕が迎えに行く。

岩佐教授が渡したマンションは、なくなってしまったけれど、

その分、彼女は自由になれたわけで。

部屋を探してもいいし、とりあえず僕のところに来てもらっても。

そんなことを想像しながら、マンションまでの時間を潰していく。

乗り換え駅の中にある、よく行く書店に立ち寄り、タイトルで楽しそうなものを、

数冊選ぶとレジに並ぶ。

今日の店員は、手馴れているのかブックカバーの取り付けも早い。

リズムよく店を出て、ちょうど到着した電車に乗っていく。



何もかも、いい方向に向かっている……



そう思いながら、1冊目を開いた。





相馬さんと再会してから2日後、久しぶりに澤野さんから誘いがあり、

一緒に飲みに行くこととなった。

もしかしたらと店内を見ると、やはり富田さんが先に座っている。


「富田さん、お久しぶりです」

「あぁ、宇野さん、お久しぶりです」


近頃、外にあまり取材に出られないとぼやく富田さんに、

こういうときに、女子力を磨いておけと、澤野さんは言い返す。



『女子力』



『私、女子力が弱いこともわかっているのよ……』



彩夏……

あのメールの返事は、何も戻ってこない。



「宇野さん、この間、ドイツの大平先生からメールが入ってね」

「大平先生……あぁ、はい」


岩佐教授と親しく、智美さんの治療にも深く関わっていた『東城大学』出身の医師。

僕も一緒に食事をさせてもらった。

豪快でありながら、それでいて人を包むような優しさを持っている人。


岩佐教授に似ていると思えるような、懐の広い人。


「来年早々、『東城大学』の虹ヶ丘病院に決まったらしいわよ」

「虹ヶ丘に」


『東城大学』には、付属の病院が全国にいくつかある。

その中でもトップ3のひとつとされているのが、この『虹ヶ丘病院』だ。

『虹ヶ丘』で医師になり、実績を積むことが、

グループの中で、その後の出世を近づけると言っても、過言ではない。


「理学部は、長い間柿沼教授の独壇場だったけれど、
医学部の方は、高橋教授と志村教授のあれこれが、やっと決着を見たらしくて」


『東城大学』の花は、『理学部』と『医学部』。


「志村教授……ですよね」

「それが高橋教授だって」


二人とも、僕が大学生だった頃から、『東城大学』の中で名の知れた人物だった。

どちらかというと、柿沼に近いのが、志村教授で、

よく話をしているのを見かけたことがあった。


「本当に高橋教授なのですか」

「そうなの、少し驚きででしょ。高橋教授は、元々『東城大学』出身じゃないし。
絶対に不利だと思われていたけれど、ここのところの、政治家との癒着騒ぎで、
長い間の流れを受け継ぐよりも、空気を入れ替えたほうがいいだろうと、
教授会の決定があったんだって」


教授会。

学部の教授たちが全てあつまり、大学の方向性を決めていく会議。

昔は、そこまでも柿沼の手の中という気がしていたが、

閉ざされた世界にも、少しは風が吹き始めたのだろうか。


「結構、極秘であれこれ勧めていたらしくて、晴天の霹靂っていうのは、
こういうことを言うのだろうねと、大平先生が笑っていたのよ」



晴天の霹靂。

柿沼色が強かった『東城大学』も、これから変わるのだろうか。


「志村教授はね、外国の学生を受け入れるのに、色々と都合をつけてって話題が、
ケチをつけたんだと思うわ」

「富田」

「何?」

「お前は口を開けば汚職だ、権力争いだって。もう少し明るい話題はないのかよ」

「あら……宇野さんと一緒に食事をした大平先生の話題だから話しただけよ。ねぇ」

「はい」


ケンカしながらも、楽しそうにお酒を飲んでいく澤野さんと富田さんを見ながら、

少し素直に向き合えば、見える世界が変わるのではないかと、

僕は思いながら、グラスの中にあるウイスキーを飲み干した。




【24-1】

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