24 Phantom【幻】 【24-2】

【24-2】


「どちらへ」

「『池ヶ谷総合病院』へ」


運転手は、わかりましたと返事をくれた後、メーターのボタンを一度押した。



『大西彩夏』



僕は、本当に名前だけしか知らなかった。

未来など考えてこなかったから、今このときが満たされていればそれでいいと、

疑うこともなかった。


ポケットに入れた携帯が揺れる。

メールは、こんな出来事を何も知らない、相馬さんからだった。



『澤野さんも富田さんも、お元気でしたか? 以前、お世話になったので、
ご住所がわかれば、『わさび』を送りたいのですが』



相馬さん……



僕とのゆがんだ出会いを乗り越え、もう一度という思いを呼び起こしてくれたのに。

彩夏にもしものことがあったら……



僕は……



「……どうしてあんたなんだ」


隣に座った春川さんから出てくる、嘆きの言葉。

尽くしている自分ではなく、誠意もなく、そっぽを向く僕に思いを寄せる彩夏のことが、

わからないのだろう。


「俺の方が……何倍も幸せに出来るのに」


昔の僕なら、今の言葉を鼻で笑ったかもしれない。

『幸せ』とはどういうことだと、問い返したかもしれない。



でも……



今は、その言葉を否定することが出来ない。



『きっと二人とも喜ぶと思うよ。あらためてメールするので』



何もない日だと、心配ないのだと、

そう自分自身に言い聞かせながら、僕は相馬さんにメールを打った。





『池ヶ谷総合病院』



タクシーを降りて、春川さんの後ろを進むと、

彩夏が最上階にある個室に入院したことがわかった。

とりあえず『集中治療室』から出たということは、

最悪の事態は避けられたということだろう。

時間は、すでに夜の11時をまわっている。

個室とはいえ、まわりにも部屋があるから、静かに進まないと。



『大西彩夏』



ネームシールのつけられた部屋の前に立ち、軽く扉を叩いてみる。

少しすると、扉が横に少しだけずれて、女性の顔が半分だけ見えた。


「どなた……」

「あの……」

「すみません、春川です」

「あ……春川さん」


扉が大きく開くと、カーテンの向こうに、何やら機械が見えた。

あのベッドに彩夏は寝ているのだろうか。


「こちらは?」

「……あ……あの」

「宇野柾と申します」


『柾』という名前に聞き覚えがあったのだろう。

その女性は、僕を睨みつけた後、すぐに扉を閉める。


「あ……」


春川さんが慌てて扉を叩いたが、そこからは何も音がしなくなった。

予想できる展開だけに、廊下を見るが、座れるような椅子はどこにもなかった。


「大丈夫だろうか」

「『集中治療室』から出ているし、
ここは個室でも、ナースステーションからは離れているから、おそらく大丈夫だ」


看護師を常に必要とする患者は、やはり近くの部屋に入ることが多い。

彩夏のいる個室は、看護師のいる場所からすると、ほぼ正反対くらい離れている。


「時間も時間だ……」

「帰るのか」

「いや、とりあえず休憩できる場所で待つことにする。
今、無理に扉をたたき続けるのは、他の患者に迷惑がかかるだろう」

「あ……」


僕が彩夏の病室から離れると、春川さんも立っているのは無駄だと思ったのか、

後ろをついてくる。

誰もいない休憩室に入り、僕は缶コーヒーを2つ買うと、

1本を春川さんに手渡した。




【24-3】

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