26 Recollection 【回想】 【26-5】

【26-5】


香りのいい紅茶、日差しの入る暖かな部屋。

静かに座る僕達……


「全部なのかどうかわからないけれど……」


そう、その人がどういう人なのか、見ただけでは、聞いただけではわからない。


「大場晶は、私にとって理想の男だったの。野望もあるし、それだけの実力もあるし、
夢を語るのもうまくて、この人についていけば楽しい人生が送れるような、
そんな気になった」


『大場晶』

学生運動などをしていた男。人の気持ちを話術で捉えるのがうまい。

彩夏にも、巧みな話術と、そこから生まれてくる強さを見せてきたのだろう。


「でもね、あの人にとっては私なんてたいした存在ではなかったみたい。
私が必死に全てを見せたことを、それを当然のように受け取って、あいつは……
ある一部分しか見せてくれなかった」


雑誌の記事を細かく読んだわけではないが、彩夏との付き合いがありながら、

大場は別の女性と結婚した。


「そんな時だった、仕事の中で柾に出会ったの。大場とはタイプが違ったけれど、
柾も世の中に媚びずに、流れに背を向けている気がして……」


何もかも諦め、どうでもいいと思っていた日々。

男として、バランスを保つためだけに、女を求めていた。


「私が誰なのか、どういう人間なのか、柾は何も聞こうとしなかった。
必要なのは、身体が求めるということで……抱きしめあっているときには、
余計なことは考えなくても、幸せだって思えていたから」


そう、彩夏の言うとおり、本能のまま動く自分の身体に、

次の日の活力をもらっていたのは事実。

吐き出す熱と、受け入れる熱のバランスで、自分を保っていた。


「お酒が入ると、柾のことばかり考えると言っていたのは本当よ。
あなたといると、先のことなんてどうでもいいように思えたし、
過去のことも、たいしたことじゃないって、考えられるようになっていたし……」


こうして彩夏の声を聞いていると、その当時のことが鮮明に蘇る。

息遣い、うつろになる目。そして重なる唇の柔らかさ。


「それがおかしいでしょ、柾と時間を合わせるようになったら、
なぜか大場からも連絡が入るようになったの。守るべきものを作ったくせに、
何を勝手なことって……そう思ったけれど、また……会ってしまった」


僕と大場、二人の間を行き来していた日々。

そんな時間が、彩夏にあったことなど何も知らなかった。


「でも、あいつは変わらなかった。自分の方がいつも上で、私は追う立場。
それは柾とも一緒。メールを打っても、キャンセルの回数が増えてきて」


相馬さんと出会い、『ゲーム』にのめりこんだ……

いや、相馬さん自身に僕が惹かれ、彩夏との距離が開いていった。


「そこに出てきたのが、春川さん。……初めてだった。
私のことが好きだ、好きだって何度も言うでしょ。
私、幼い頃は母と二人で住んでいたから。
父にかわいがってもらったという記憶がないの。うん、そう、
男の人に『愛された』経験が少なかったからなのかな、そういう人に思われたら、
自分が変われるのかなと思って……」


追う立場から、追われる立場になりたかった。

彩夏の言葉は、そんなことを言っているのだろうか。


「柾との時間が出来たら、大場が急に戻ってきたように、
春川さんとの時間が出来たら、柾が変わり出した」


僕が変わった。

そう、相馬さんとのことがあり、自分の生き方に対して、疑問符が湧き上がったから。


「柾に、自分を知られるのは怖かったけれど、でも、どうなるのかという期待もあった。
未来なんてどうでもいいって言っていたのに、やっぱり『形』が欲しかったのかも」


『形』

身体を重ねるだけでは、得られない思い。

心から求められるという間柄にだけしか、なしえないもの。


「そうしたらまた……さよならでしょ」


何度も会った店で、別れを切り出した。

僕が、もっと早く自分の気持ちに気付いていたら、展開は違っただろうか。


「悪かった……」


そう、変えようとしたのは僕なのに、それを貫けなかった。


「謝らないでよ。私が、本当はとんでもない女だってこと、
色々と、わかったでしょ」

「いや……」


彩夏のことをとんでもないと言えるほど、僕は立派な人間ではない。

思い通りにならなかったからと人生を諦め、身勝手に生きてきた。

出世のために上司に近寄る同僚をバカにして、組織から抜けたけれど、

必死に生きようとしているからこそ、すがりつくこともあるのではないかと、

今は、思えるようにもなった。

人が生きていくということは、格好のいいものだけでは成り立たない。

『幸せ』を求めるのなら、時には、なりふり構わないくらいの思いも必要だから。


「彩夏のことを責められるような、僕は人間じゃないよ」

「……柾」

「僕も、君と同じように、人生など先はどうでもいいと思っていたから」


どうせという言葉を前に押し出し、生きてきた日々。

逃れられない運命に翻弄されながらも、

自分を必死に奮い立たせてきた人と出会わなければ、

一生、そのままだっただろう。

いや、相馬さんだけではない。

親の思いに振り回されながらも、自分の足で立ち、歩いていこうとする、

俊太やアレン。僕は彼らにも学んだことが多い。



『人生は、やり直せる』



「何も知らなかった頃が、一番幸せだったね……」


知らなかった頃……

会いたいときにあって、本能のまま時間を過ごした。


「いや……」


僕は彩夏の言葉を、あえて否定する。


「違うよ……」

「違う?」

「『幸せ』になろうとする気持ちがあれば、知りたいと思うのは当たり前だ。
知らなければ幸せにはなれないのだから」


光りの部分も影の部分も、どちらも自分。

暗い場所があるからこそ、光りを大切にしようとする思いも生まれてくる。


「そっか……あの柾が、これだけ頑張るんだもんね」


彩夏はそういうと、紅茶に口をつける。

しばらく、どちらからも言葉のない状態が続いた。




【26-6】

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