27 Thanks 【感謝】 【27-1】

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【27-1】


彩夏と別れた後、僕は『SOU進学教室』へ向かい、

担当の授業をしっかりとこなした。

秋が深まる頃というのは、受験生にとって、現実が押し寄せてきて、

だんだん呼吸が苦しくなる季節。


「さようなら」

「さようなら……」


物悲しい秋だけれど、僕にとっては全く違う。

職員室に荷物をおき塾を出ると、少し離れた場所で、携帯を開いた。



『相馬郁美』



相馬さんに電話をするのは、久しぶりだった。

彩夏のことがあってから、進展がないのも伝えづらく、

あえて避けていたかもしれない。

数度の呼び出し音が鳴り、『はい』と声が聞こえた。


「もしもし、宇野です」

『あ……はい』

「今、話をしていて大丈夫?」

『大丈夫です、自転車に乗っていますから』

「うん」


僕は、今日、彩夏としっかり話をしたこと、

彼女も理解してくれたことを語った。すぐにでも電話をしたかったが、

担当授業が終了するまでかけられなかったことも、付け足していく。


「心配をかけてごめん、やっと前に進めることになった」

『はい……』


清田さんのことが気になった。

そんなことはと思いつつ、

ここで『実は……』と切り出されたらどうしようという不安が、

何度も心の中で顔を出す。


「どうしても話をつけようと思っていたから、『ストレイジ』には休みをもらってある。
僕としては、すぐにでもそちらにと思っているのだけれど……」


清田さん親子に、相馬さんを東京へ連れて行くと宣言する。


『……はい』


大きな声ではなかったけれど、それでも、ハッキリと受け入れる声だった。

僕は一度息を吐く。


「うん……それなら、明日伺いたいから、何時ごろならいいのか、
相馬さんから聞いてもらってもいいかな」

『ハル江さんは今日、会合に出ているから、後から文彦さんに聞きます』

「うん」


声を聞いているだけで、すぐにでも顔を見たいと思ってしまう。

『大丈夫』だという言葉の不安定さが、僕の心をくすぐるからかもしれないが。

もし、彼女が一人で暮らしているのなら、

間違いなく真夜中でも車で静岡に向かってしまうだろう。


「明日、絶対に行くから。そして……君を東京に連れて帰る」


また、余計な力が入り込まないうちに、僕のそばに……


『はい』


声だけしかわからないけれど、『はい』という言葉の強さが、

こちらにもしっかりと届いた。

『待っている』思いを受け止め、僕は受話器を閉じた。





「はぁ……」


気持ちが張っていたからだろう。

彩夏の実家の前に5日立っていたときには、あまり疲れを感じなかったのに。

話が動き、前に進めることがわかったからなのか、体が本当に重い。

ソファーに寝転び、ダイニングテーブルを見る。

去年の年末、僕は初めて相馬さんをこの部屋に入れた。

しかし、それは彼女としてではなく、『ゲーム』が成り立たなくなったことを、

謝罪するためだった。

純粋な人の思いを利用し、とんでもないくらい嫌な男だった僕との時間を、

彼女は『幸せだった』とそう答えを出してくれた。



『幸せ』



今までも、『幸せ』を感じたことは何度もあった。

でも、その裏には、辛さや悔しさ、そして空しさも隠されていて……



『宇野、いい研究だ、諦めるな』

『もう少しだろ……』



投げ出したくなることも何度もあったが、岩佐教授の励ましになんとか踏ん張り、

僕は、大学時代研究成果を上げてきた。

そう、そんな時、心から自分は『幸せ』なんだと、そう感じたはずなのに。


その場限りの欲望に支配されていては、芯からの『幸せ』は感じ取れない。

もう、10年以上前に、知っていたはずなのに。

僕は、岩佐教授の血をひいた彼女に、その意味を教えてもらった。




明日……会える。




高鳴る気持ちを、少しのアルコールで落ちつかせながら、

僕は、その日、早めにベッドへ入った。




【27-2】

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