27 Thanks 【感謝】 【27-6】

【27-6】


「エ……」


僕の腕に頭を乗せた郁美は、東京で部屋を借りたいと、そう言いだした。

僕は、とりあえずここにいればいいと言うが、

彼女はそれは違うと首を振る。


「ここにいることが嫌だということではなくて、宇野先生……
あ……柾さんの場所は、きちんと確保しておきたくて」

「僕の場所」

「もう一度、私、自分の足できちんと立って、それからでも、遅くないと思うし」


流れのまま、こうした生活を続けるのではなく、

将来をしっかり考えられるように、拠点を作りたいとそう宣言される。


「拠点かぁ」

「うん」


頼り切られていないのかと思うと、どこか寂しい気もしたが、

その反面、何を言いたいのかも、わかる気がした。

ひとりになりたいときというのも、互いにきっとあるだろう。

今は、戻れた嬉しさに浸っているけれど、それを重荷に思ってしまったら、

何も意味がない。


「いつでも会えるし、いつでも……」

「こうして抱き合えるしね」


郁美は恥ずかしそうに僕の胸に顔をうずめたまま、『そう……』と小さく頷いた。





こうして考えると、本当に『ストレイジ』にもらった2週間は、

意味のあるものだった。東京に戻ってきた次の日、早速二人で不動産屋を探し、

候補になりそうな物件を、いくつかもらってきた。

それと同時に、コンビニで就職情報誌も手に入れる。


「ふぅ……」

「どうしたの」

「柾さんのように、輝かしい経歴もないし、特に自慢できる特技もないから、
仕事を探すとなると難しいなと思って」


テーブルの上に、ちらしと情報誌を並べながら、郁美はそうポツリと言った。

『彼女の特技』と言われて、ふっと『SOU進学教室』でのことを思い出す。

授業を教えている講師よりも、学生のことを考え、

弱さや辛さを精一杯理解しようとしていた郁美の姿は、

ただの事務員だと言えないくらい、戦力だった気がする。


「なぁ」

「何?」

「椛島教室長に相談してみようか」


僕のいる今の教室では無理だとしても、他の教室で事務の空きがないだろうか、

それ以外にも、何か真面目に働く彼女に、見合う仕事があるかもしれない。


「学生の気持ちをしっかり理解していた君は、向いていると思うけれど」


お世辞ではなく、正等の評価だと思う。


「でも……」

「教室長、以前、郁美のことを本当に娘のようにかわいいんだって、
僕に話してくれたことがあったよ。頼られるのは、嫌ではないと思うけれど」


もちろん、そんなにうまくいい話があると思っているわけではないけれど、

あの人なら、こうして僕達がスタートしたことを、

知ってもらってもいいのではないかと、思えるのもある。


「聞いてみよう。仕事がどうなるのかある程度決まらないと、
部屋は簡単に決められないんじゃないかな」


職場からあまりにも遠いところでは大変だ。

僕の提案に、始めは迷っていた郁美も、最後は納得するように頷いた。





「相馬さんが」

「はい」


次に塾へ向かう日、僕は彼女が伊豆に向かってからの話を全て、

教室長に語ることにした。始めは驚いていた教室長の顔が、

どんどん嬉しそうにほころんでいく。


「おぉ……そうですか」

「はい」


ここに入ってからしばらくして、そう、彼女の話しになり、

教室長から『彼女はいるのか』と聞かれたことがあった。

あのときには、こんな日が来るとは、自分でも想像していなかったのに、

なんだか、未来を当てられたようで、少し恥ずかしくもなる。


「すみません、ずうずうしいお願いなのはわかっているのですが、
僕は、彼女がここで働いているときに、本当に助けられたので。
この仕事が向いていると、そう思えて」

「うーん……」


季節は冬になる。

これからが受験本番。一番忙しくなる前に、辞めていく人がいるとは、

あまり思えないのは確かだけれど。


「少し、時間をくれますか。えっと1日か2日」

「はい」


椛島教室長は、そういうと、嬉しそうに僕の肩をポンポンと軽く叩いた。





担当の授業を終えて、アレンが到着するまでの間、

軽めの食事を取ることにした。駅前の喫茶店で出されるサンドイッチが、

値段の割にはボリュームもあり、なかなか味もよかった。

僕は一緒にブレンドを注文し、テーブルに置いてあった新聞を手に取ると、

携帯電話が鳴りだした。

見慣れない番号に、一瞬身構える。

誰だろう……

他の客に迷惑がかかると悪いので、携帯を握り締めたまま、一度店の外に出た。

いたずらなら、すぐに切れるだろうと思いながら、受話器を開ける。


「はい……」

『宇野さんの携帯ですか』

「そうです」


聞き覚えのある声。


『大平です』


ドイツから日本に戻ってきた、大平先生だった。




【28-1】

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