28 Testament 【遺言】 【28-2】

【28-2】


「ううん……その先生、ご実家のご両親の具合が悪くなって、
この冬に地元に戻ることになったんだって。で、教師は辞めて、
個人塾をひらくって、そう言っていたの」

「ほぉ……」


教師になれる実力があるのだから、塾をやるというのは、わからなくもない。


「この間、その教師の最後の授業だった。実力テストだって言われて、
私、必死に勉強して、満点とってやった」

「満点……」

「うん」


アレンが満点。

今の実力からすれば、不思議ではないけれど、なんだかおかしくなる。


「どうして笑うの?」

「いや、最初の頃からすると、考えられないなと」


そう、遅刻するのも当たり前、宿題などとぼけて忘れるのが、

この問題児アレンだった。他校の女子生徒とケンカして、

制服をボロボロにしたまま来たこともあったし、警察に行ったこともあった。


「そう、考えられないくらい私は変わったの。だからそれを言ってやった」

「言った?」

「うん……あなただけに数学を教えてもらっていたら、私はきっと、
何も気付けないまま終わったと思いますって」


同じ教科だけれど、得るものが違う。


「私は、『SOU進学教室』で数学の楽しさも、勉強の大切さも、
みんな教えてもらった。今でもまだ人間としては3流かもしれないけれど、
それでも、自分に何かが出来ると思えるようになったって……そう言ってやったの」


学ぶことで自信がつき、さらに広い場所を見られるようになった。

ここのところは『薬剤師』を目指したいと、堂々と言えるのだから、

本当に変わった。


「うん……」


これは僕だけの話ではない。アレンを刺激した他の講師たち、

また、問題児を温かく見守り、しっかりと指導する椛島教室長、

そして……



彼女の寂しさに気付き、寄り添い続けてきた郁美の力も……



「なんて言われたと思う? その後」


プライドの高い男に思えた。

きっと、また、嫌みをぶつけたのではないだろうか。


「大学に受かってから言え……とかか?」

「ううん、違う」


全く想像がつかない。


「わからない、ギブアップ」

「エーッ、何それ、簡単に諦めるんだ、柾」

「あぁ……潔いもので」


アレンはペンをクルクル回しながら、数学の教師は、何度も頷いたのだと教えてくれる。


「頷いた?」

「そう、山東の言うとおりだなって。そう、言ったの」


教える立場に、優劣があるとは思えないが、

やはり教師は、塾の講師よりも自分の方が上だと、思いたくもなるだろう。


「道を広げてもらったのだから、しっかりと頑張りなさいって……」


アレンはその教師の言い方をまねしたつもりなのか、

言い終えると楽しそうに笑い出した。僕は授業中だから静かにしろと、

口の前に指を置く。


「あ……そうでした」

「全く」


それでも、聞いた話しはとっても有意義なものだった気がして、

自分のゆるんだ顔を、なかなか戻すことが出来なかった。





アレンのいい話と、大平先生からのまだつかめない話。

その2つをお土産に、塾から戻ると、郁美がすぐに出迎えてくれた。

僕は教室長にお願いしたこと、力になれるかどうかわからないがと言いながらも、

動いてくれている話をまず報告する。


「そう……」

「時期が中途半端だからね、どうなるのかわからないけれど、
言ってくれたらよかったと、あとから言われても癪だし」

「うん」


ダメで元々。

そう言いながらネクタイを外し、楽な格好に着替えていく。


「あ、そう、それとアレンなんだけどさ」

「うん」


アレンの話。

郁美もそれはよかったと頷き、彼女が自信をつけたから、先生にもそう言えたのだと、

嬉しそうに笑う。


「まぁ、そうだね」


ここまでは、いい……

問題は、この次。


「ねぇ、何か飲む?」

「郁美、大平先生から電話があったんだ」

「大平先生? あぁ、ドイツから戻ってきたっていう」

「そう……前に中央新聞の富田さんに番号を聞かれて、大平先生が知りたがっているって。
で、教えたんだけど、今日」

「何?」

「それが……」


郁美も僕と同じ、不安そうな顔をした。

これ以上、複雑なことに、彼女を巻き込みたくない。


「岩佐教授が、僕に遺してくれたものがあるって……」

「……父が?」

「そう。郁美は何か知っている?」


岩佐教授は、娘である郁美に、姉、智美さんの治療カルテを託した。

困ったときには、僕に頼れという手紙も残していたのだから、

もしかして何か知っているかもしれない。


「お姉ちゃんの治療のことではなくて?」

「おそらく違うと思うんだ。もしそうなら、僕ではなくて君だと思うし」

「……そうね」


僕は、明日は大平先生が忙しいので、

あさって、『東城大学』で話をするのだと、そう説明した。

郁美は何度も頷きながら、何か思い出せることはなかったかと、下を向いてしまう。

僕は、不安に潰されそうな郁美を、そっと抱きしめた。




【28-3】

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