28 Testament 【遺言】 【28-4】

【28-4】


「今日の用件は、高橋先生から全て君に語ってもらおうと思う。
僕も断片的にしか知らない話だ」

「はい」


高橋教授が、全てを知っているということ……


「宇野」

「はい」

「君が学生時代、岩佐教授と私が、それなりに親しくしていたことは知っているね」

「はい。教授室で、何度かお会いした記憶が……」

「あぁ……岩佐教授は、本当に人望のある方で、
人との付き合いも分け隔てのない方だった。
私は『東城大学』出身ではないし、だから、その力関係の中に割り込むこともなかった。
まぁ、色々我を張る人が多かったからなぁ、それを横で見ているだけだったよ」


高橋教授は、医者にとって一番必要なことは、医療の追求であって、

権力の追求ではないと、そう強く言いきり僕を見る。


「はい」

「岩佐教授も、全く同じ考えをお持ちの方だった。生物の研究から、
人の成長、そして農作物の成長、遺伝子の研究、将来この日本を支えていく人たちに、
今を生きる身として、何が遺せるのか、いつもそれを考えておられた」

「はい」



『宇野……いい研究だ、諦めるな』



岩佐教授。



「今から10年ほど前、岩佐教授は理学部で毎日君たちのような未来ある若者を、
精一杯指導されていた。同じような思いを、さらに先へつなげてもらうために」

「はい」


僕も、そして尚吾も、みんな岩佐教授を尊敬し、後を追っていこうと、

そう思っていた日々。


「しかし、岩佐教授は、ご自分の体が、病に勝てる状態ではないことに、
そのときすでに気付かれていた。大平先生に聞いたところ、
君もすでに全てを知っているということだったが……」


高橋教授が大平先生の方を見る。

大平先生は大丈夫ですと頷いた。


「岩佐教授には、二人の娘さんがいた。その片方のお嬢さんの容態が、
その時、いいものではなかったからね」

「はい。その話しは知っています」


自分の体もよくない状態であることを知りながら、娘のことに全力を注いだ日々。


「おそらく、岩佐教授は、もう時間がないのだと悟っていたのだろう。
私にこう提案してきた。今から、『遺書』を遺すのだと」

「遺書……」

「あぁ……家族に財産を残すというものではなく、君のような若者に、
未来を遺すのだと……」



『未来を遺す』



「自分が亡くなったとき、おそらく柿沼教授が君の実験を邪魔し、
最悪の場合、消滅してしまうのではないかということも、岩佐教授は考えておられた」


大学院での生活。

あれは、岩佐教授がぜひにと進めたので、僕が選んだ道だった。

途中で亡くなってしまい、そこから翻弄された日々に、

恨んだことがなかったとは言えない。


「この『遺書』の存在が柿沼教授に知れたら、おそらく邪魔をされる。
だからこそ岩佐教授は、心から信頼できると言ってくれた私と、
この渡瀬弁護士の前で、君への『遺書』を書いた」



『僕への遺書』



「本物は、ここにある。だが、片方の遺書は今、開けられない。
その事情は後々語る。とりあえず、君宛に遺されたものを見せようと思うが、
どうだ……大丈夫か」


僕は『はい』と迷うことなく頷いた。

ここへ来る時点で、覚悟を決めてきた。

何があっても、しっかり受け止めること。


「君への『遺書』を読めば、もうひとつの方がどういうものなのか、
それもわかるようになっている」


高橋教授から受け取ったのは、しっかりとした封筒に刻印の残されたものだった。

表書きには、確かに『宇野柾様』と僕の名前が書かれている。


「この『遺書』は、岩佐教授が、
私と高橋教授がいる前でしっかりと封筒に収められました。
それを証明するために、高橋教授の直筆のサインも、残してあります」


手にとって見たものの、10年もの月日がここに存在するのかと思うと、

ハサミがうまく持てなかった。今の僕に、この封筒を開ける資格があるのだろうかと、

思い出す。


「大平先生」

「何?」

「これは、本当に僕が開けてもいいものなのでしょうか。岩佐教授が亡くなられてから、
僕は……」


柿沼に邪魔をされたから、会社の仕組みが悪いからと、

自分勝手な日々を積み重ねてきた。その僕が、岩佐教授の思いを、

受け止められるのだろうか。


「宇野さんに宛てたものだ。君の今の悩みもきっと、
先生は予測されていると、思うけれど……」

「予測?」

「あぁ、そうかもしれない。宇野が華々しく研究者としての道を歩めていたら、
後で笑い話にして欲しいと、そう言われていたからね」


僕が研究者としての地位を得て、満足した日々を送っていたとしたら、

読めなかったかも知れないもの。


「わかりました、読みます」


亡くなった人から、何も得るものなどないと思っていた。

でも、今、時を越えた、『僕の恩師』の声。




宇野、この手紙を君が読んでいるのだとしたら、

私は君に謝罪をしないとならないだろう。

君には、この世の中を動かす才能があると、そう思い、

就職に迷う気持ちを、大学院へと向かわせたのは私だからだ。

今でもそれは間違っていないと思っているし、君の研究は、必ず数年後に、

この世の中で必要とされているものだと、信じている。




岩佐教授の直筆。

懐かしい文字と、3つ折の便箋。

10年という時を越えた思いが、今、僕の目の前に広がった。




【28-5】

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