28 Testament 【遺言】 【28-5】

【28-5】


私が、君の旅立ちを祝ってやれるのならよかったのだが、申し訳ない。

私の命はもう長くなく、君の旅立ちを祝うことが出来ない。

今ももちろん頼りないかもしれないが、私という後ろ盾がなくなれば、

色々な障害が出ることも、わかりきっている。

とかく、君への妬みや、恨みは、彼にも相当あるだろう。




彼とは、柿沼教授のことだろう。




そのため、私は、同じ思いを持ち、学生を指導する立場にいる高橋教授にお願いし、

時を越えた『遺書』を遺すことにした。私が精一杯愛情を注いだ学生たちに、

この『遺書』が大きなきっかけになってくれたら、それで本望だ。




岩佐教授の遺書は、僕に対する挨拶文から始まり、それから後は、もう1通、

協会や業界紙に対して、僕が取り組んできた研究の仕組み、成り立ち、

それからどう結論を迎えていくのかという展開を、書き残しているというものだった。


「これ……」

「そうなんだ。こっちの『遺書』は、公に向けてのものになっている。
柿沼が君から研究を奪い、企業からお金をもらっていたという事実に、
メスを入れることになるだろう」


岩佐教授が、あの研究は柿沼教授のものではなく、僕達学生が取り組み、

成果をあげてきたという内容を、書き遺しているのだと、高橋教授は教えてくれた。


「だから、今、ここでこれを開けることは出来ないんだ。封を切ってしまうと、
10年もの歳月を証明するものがなくなってしまう」

「はい」

「これが公に発表されれば、おそらく柿沼教授が自分の経歴として発表された研究にも、
再検査の指令が入るだろう。そうすれば、
彼が今までどれくらい学生たちから就職や出世を理由にし、
色々なものを奪い取ってきたのか、それが表に出てくるはずだ」


高橋教授は、この僕宛の遺書ともうひとつの遺書が、

今まで、柿沼教授に溜飲を飲まされてきた人たちに、一矢報いるものになると、

そう微笑んでくれる。


「全て、読み終えたのか」

「あ……いえ、まだです」


その続き。便箋はまだ2枚ほどあった。




そして宇野。君に頼みがある。

これは、あくまでも私自身のプライベートなことになるのだが、

今、処理をしていくには、世の中の動きがまだ追いついていない。

そのために、君に助けを求めるようにと、そう話をしてしまった。

君一人で処理が難しければ、ドイツのベルリンにある病院で医師をしている大平か、

『東城大学 医学部』高橋教授を頼って欲しいと思っている。



実は、私には2人の娘がいる。

娘たちとは、色々と事情があり、一緒に暮らしてはいないが、

相馬智美、相馬郁美といい、間違いなく私の娘だ。

二人は双子の姉妹なのだが、実は智美には治らない病があり、

その治療のために、色々と今は公に出来ない状況を、各先生方に作ってもらった。

ここでは細かく書けないのは申し訳ないが、結局、智美は亡くなり、

妹の郁美だけが残っている。今は事情があり出せないカルテなどは全て、

その郁美が持っていて、いずれ、これからの医療のために

研究材料として世に出して欲しいと、そう頼んでいる。

しかし、郁美はこの業界の人間ではない。

頼りになる相談相手がいなければ、彼女自身、プレッシャーに潰されるかもしれない。

大変申し訳ないが、郁美に、君の名前を告げてある。

将来、娘が君を訪ねたときには、話を聞いてやって欲しい。

この手紙が君に届く頃、もう、郁美は君のところにたどり着いているだろうか。

それとも、まだ、君は郁美のことを、知らないだろうか。



岩佐教授の、二人の娘への思い。



繰り返される郁美の名前。

本当に、先生の遺した娘さんなのだと、あらためてそう思う。



それから先には、郁美の顔が自分にあまり似ていなくてよかったとか、

おとなしい子だけれど、芯は強いなど、岩佐教授が見た彼女のことが、

あれこれ書いてあった。

今、僕が読んでも、岩佐教授が娘さん2人を本当に愛していたのだとわかる、

あたたかい手紙になっている。


「大平先生」

「何?」

「この手紙、僕がいただいてもいいものなのですか」


大平先生は、どうだろうかという目で、高橋教授の方を見る。


「あぁ、いいよ、それは君宛のものだ。岩佐教授からの最後の言葉だと思って、
大切にして欲しい。ただ、岩佐教授の言葉が記されてあるので、
こちらの手紙を提出した後に、参考資料として借りることはあるかもしれない」

「はい。ありがとうございます」

「そうだよな、君にとっては恩師にあたる人からの、10年を越えた手紙だからな」

「あ……まぁ、はい」


そう、それはもちろんわかっている。

岩佐教授から、こんなふうに時を越えた手紙をもらえるとは、思ってもみなかった。


「……郁美に……読ませてやりたいんです」

「エ……」


僕の言葉に、大平先生と高橋教授は、驚く顔をした。

大平先生は、すぐに僕に向かって『そうなのか?』と問いかけてくる。


「はい……今、郁美は伊豆から東京に戻ってきて、僕のところにいます」


なんとなく過去のことを知っている大平先生は、そうなのかと手をたたき、

何もしらない高橋教授は、どういうことなのかと、尋ねてくる。


「いやぁ……先生。宇野さんと郁美ちゃんは、自分たちの力で、
運命を越えたということですよ」

「運命?」

「はい。岩佐教授の思いなのか、それとも、互いを必要とした気持ちから、
引き寄せられたのか……なぁ」

「……はい」

「どっちにしても、いい話じゃないか」


そう、あらためて言われると、恥ずかしいところもあったが、

隠さないとならないことでもない気がするので、正直に頷いた。




【28-6】

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