28 Testament 【遺言】 【28-6】

【28-6】


高橋教授にもやっと伝わったのか、

そうなのかと嬉しそうに手をたたいてくれる。


「いやぁ……岩佐教授が生きていらっしゃったら、どれほど喜んだことか」

「そうですね」

「いえ、お前かって、ガッカリされたんじゃないかと」

「何を言っているんだ、謙遜するな」


高橋教授は、それならばぜひ、郁美さんにも見せてあげてくれと、

僕に『遺書』の入っていた封筒を渡してくる。


「ありがとうございます」


郁美が持っていたのは、智美さんの残されたカルテ。

岩佐教授が、僕宛ての手紙とはいえ、

郁美自身のことをしっかりと書いているのだから、これはぜひ、見せてやりたい。


「で、宇野」

「はい」

「岩佐教授の思いを君に知ってもらった上で、あらためて聞かせてもらう」

「はい」

「これを、送り出すことに、異議はないか」


柿沼教授を追い込む、過去の手紙。

何も争うことなく、世を去ってしまったと思っていた岩佐教授の、

遺した最後のカード。


「はい、意義はありません。ぜひ、教授の思いを送り出して下さい」


僕の研究がどうこうではない。

以前、尚吾も言っていた通り、柿沼に嫌な思いを持たされたのは、

僕一人ではないのだ。

その悔し涙の分、あいつにも思い知らせてやりたい。



岩佐教授は、とても強く、そして、優しい男だったこと。

未来ある若者たちは、今も、昔も、『教授』と呼べる先生の力と思いを信じ、

そして、先にある未来を信じ、懸命に努力をしていること。



「お願いします」


僕が頭を下げると、高橋教授は一言わかったと頷いた。





岩佐教授の信念を知り、僕はあらためて自分自身のことを考えた。

大学時代から、自分のために努力することは出来ても、その先を見越して、

前に進めていたかというと、自信が無い。

境遇に負けず、目標に向かって歩こうと決めたアレン。

親に振り回されても、気丈に振る舞い、また前を向こうと微笑んでくれた俊太。



そして……



家族の出来事に翻弄されながらも、決して自分を見失わない郁美。



僕も彼らに少しでも追いつけるように……



「ただいま」

「お帰り」


もう、普段の生活だと思える郁美の出迎えを受け、僕は先に不動産屋のことを聞いた。

郁美はいくつか物件をもらってきたと、用紙を僕に見せてくる。


「よし、じゃぁ、これを僕が見せてもらっている間に、君にはこれを見せるよ」


僕がバッグから取り出したのは、もちろん、今日高橋教授から受け取った、

岩佐教授の『遺書』という名の手紙。


「これ」

「そう、今日、大学で医学部のトップになった高橋教授と、大平先生にお会いした。
岩佐教授は、僕を大学院に入れた頃から、
自分の命がもう長くないことを知っていたから、その先に何が起こるか、
つまり、柿沼教授が僕の研究を邪魔することまで見抜いて、
きちんと思いを遺してくれていた」

「思い……」

「うん。とにかく、読んでみて」


そう、岩佐教授の直筆、郁美にも懐かしいに違いない。


「でも、これ柾さんにでしょ」

「一応ね。でも、君のことがしっかりと書いてあるよ。だから読んで欲しいんだ」

「私のこと?」

「そう、郁美のこと」


郁美はそれならと言いながら、岩佐教授の手紙を受け取った。

僕が着替えを終え、リビングに戻っても、まだ郁美は読み続けている。


「どう?」


男親と言うのは、きっとそういうものだろう。

面と向かって、子供のいいところなど、言ってはやれない。

優しいとか、明るいとか、心に思っていても、言葉に出していくのは、

ものすごく勇気のいることだから。


「今頃、驚いているかな、お父さん」

「ん?」

「こうして、私が柾さんと一緒にいること」


郁美は読み終えた手紙を丁寧に折り、元の形に戻していく。


「きっとガッカリしているよ、あいつか……って」



『何? お前が? 本当に大丈夫か?』



そう、岩佐教授が生きていてくれたら、そんなふうに言う気がする。

でも、目はものすごく優しく笑っていて……



「ううん……きっと、よく会えたなってそう言ってくれる気がする」



『会えた』



確かに、そうかもしれない。

きっかけは最悪なものかもしれないが、その分、大切にしなければならないものに、

本当の意味で気付くことが出来たから。


「なぁ、僕はこれがいいと思う」

「……どれ?」


その日は、郁美の手料理を食べながら、彼女が住む物件を、

二人であれこれ話し合った。




【29-1】

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