29 Determination 【決意】 【29-3】

【29-3】


植松尚吾。

お調子者で、学生時代はよく教授たちに怒られ、

何度課題の手伝いをさせられたかわからないけれど、

人に対する観察力は、昔から優れていた。

僕は、ここまでのいきさつを語り、やっと少し落ち着いたのだと報告する。


「そうか、色々とあったんだな」

「あぁ……まぁ、元を正していけば、みんな僕が悪いわけだけど」

「うーん」


尚吾は、頷きながら、確かにお前が悪いと、口元をゆるめる。


「お前に言われると、無性に腹立たしいな」

「どういうことだよ、お前が言ったんだぞ、柾」

「わかってるけど」


僕はそばにいた店員を呼び、焼き鳥を追加する。

久しぶりの飲み会は、店の最後になるんじゃないかというくらい、延長された。





『東城大学 柿沼教授 騒動の責任を取り、大学を去る』



新しい年になり、すぐにこのニュースが知らされた。

検証結果によっては、事件になりうることもあるが、

大学側も、そこまで色々と突き詰めるのは、

最高の地位にあった教授のプライドが崩れてしまうということも配慮し、

自ら地位を返還したという形を取ったという。


「実際には、相当あれこれ言ったらしいわよ」

「あれこれってなんだよ」

「だからあれこれよ。そうね、俺がいたから『東城大学』はここまで来たんだとか、
俺がいるから、企業とのやり取りもスムーズだったとか……」

「ほぉ」


中央新聞社の富田さんと、『ストレイジ』の澤野さんと、

揃って何度か訪れた店で飲むことになる。

富田さんは今、とある大手企業の息子が、

インサーダー取引にからんでいるという情報を調べているらしい。


「全く、この世の中、お金を持っている人の周りでクンクンと鼻を動かすと、
なんだか妙な臭いが、してくるものなのよね」

「臭いですか」

「そう、おかしいなと思ってちょっと調べると、『待ってました』って人が、
必ず出てくるの」


地位を持っている相手に、悔しい思いをさせられている人たち。

その彼らにしてみたら、富田さんのような人は、敵にも味方にもなるのだろう。


「岩佐教授は、数いる学生の中で、宇野さんに『遺書』をのこしたのでしょ」

「あ……はい。それは、先生が僕を大学院に勧めたということが
あったからだと思います。卒業するまで面倒を見られないとどうなるのか、
過去の事例を知っているだけに、気になっていたのでしょう。
当時、僕の研究は、成果を出す手前まで、進んでいたこともありましたし」

「それだけかなぁ……」

「それだけって?」

「ん? なんだろう、予知能力というのではないけれど、どう?
岩佐教授は、宇野さんのことも、娘である郁美さんのことも、両方見ていたわけでしょ」


富田さんは、自分のグラスにビールを注ぎいれる。

僕は気がつかなくてと頭を下げる。


「あ、やだ、そういう気をつかわないでね。私はどんどん勝手に飲むのが好きだから」

「はい」


富田さんはそういうと、今度はおつまみとして出されたあげだし豆腐を、

箸で一口大に切り始めた。


「郁美さんには、いざとなったら宇野柾という男を頼れって、そう言い遺したと言うし」


澤野さんは、隣で氷をひとつ、グラスに入れ、

まどろっこしい言い方だなと、富田さんを責めた。

富田さんは、どうしてそういうことを言うのかなと、澤野さんの顔を覗き込む。


「だから、言っていることがわからない? 岩佐教授の中で、
残される郁美さんと、学生としても、一人の男としても認めているこの宇野さんが、
うまく知り合って欲しいなと……そう思っていたんじゃないかってことよ」



僕と郁美。



「自分が生きているときに、娘なんだ、宇野君どうだろうって言うのでは、
あまりにも生々しいし、おかしいでしょう。でも、時が来たとき、互いに出会って、
まぁ、それまでに相手がいれば別だけれど、事情を知り、気持ちが動き、
もしかしたらって思いを胸に、岩佐教授は亡くなったのかなと……」


郁美には、僕を頼れと言い残し、僕には、郁美を褒める文面を残した。

当時の岩佐教授の思いだから、あくまでも推測するしか出来ないけれど。


「それはいくらなんでもと言いたいけれど、
でも、まんざら違うよとも言えない気がするな」


澤野さんはウイスキーに口をつけ、納得するように頷いていく。


「うふふ……でしょ。となるとさぁ、
まんまと岩佐教授の『罠』に嵌ったとも言えるのかな、二人は」

「罠……ですか」

「おい、富田。罠って、それはおかしいだろ」

「いいじゃない、『罠』って悪い意味じゃないもの」



『宇野、いい研究だ、諦めるな』



「……かもしれませんね」

「おいおい、宇野。お前が言うなよ」

「いえ、そう思うと、気持ちが引き締まる気がします」

「引き締まる?」

「はい」


岩佐教授が、本当に、郁美を幸せにするという願いを、

僕にほんの少しでも望んだのなら、



これから先、僕は……



「苦労してきた郁美を、幸せにしないとなって……」



出会ったことを大事に思い、自分を認めてくれたことをまた大事に思えば、

自然に積み重なっていく。

言葉を出してから前を向くと、富田さんも澤野さんも、

なんだか下を向いていて……


「どうしたんですか」

「だって、ねぇ」

「うん」

「宇野さん、『幸せにしたい』なんて、堂々と宣言するから。
照れちゃうわよ、私」


澤野さんは、別にお前に言ったわけじゃないだろうと、そう言い返す。

富田さんはわかっているのにうるさいなと、また言い返した。


「うるさい?」

「そう、うるさいの。すぐに口を出してきて」


僕の話題を勝手に飛び越え、二人はいつものようにたわいもないけんかをし始める。

残ったウイスキーを飲み、少しだけどちらかが素直になればいいのにと思いながら、

ゆるんだ口元を隠し続けた。




【29-4】

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