29 Determination 【決意】 【29-6】

【29-6】


「は? 断った?」

「うん」

「お前、どうしたんだよ」

「どうもこうもないよ、今、自分がやりたいと思うことは、大学に戻って、
10年前の時間に戻ることではないなと思って」


僕は結局、大平先生に大学復帰について、断りを入れた。

全く魅力がなかったわけではない。でも、本当にただ研究に身を置き、

何も気にしないで済むのなら、それもありかもしれないが、

僕は、柿沼にもなれないし、高橋教授や大平先生のように、辛抱強い人間でもない。

多くの人が集まり、『……以外』の部分で切磋琢磨するような生き方は、

どうしても選べなかった。


「なんだかもったいないな」

「そうかな。結構、あっさりとしているんだけど」

「でもなぁ……」


尚吾は、自分のことではないのに、ガックリと肩を落とし、何度もため息をつく。

僕は、この間も食べた焼き鳥がいいと店員を呼び、3人前のオーダーをした。





冬は春を呼び、そして夏を迎える。

受験への熱気が増していき、秋を迎える頃には、多少疲れが出てくるものもいた。

それは、僕の周りだけではなく、あちらこちらの現場から、聞こえてくる声。


「そう、急に風邪をひく子が増えて」

「へぇ、そっちもなんだ」


教室長の強い押しもあり、郁美は春から、別教室の事務になった。

昔と同じく、生徒に寄り添って話が出来る性格と、もう一人の事務員が、

男性ということもあるからなのか、学生からはとても人気があると、

彼女と同じ教室で教え、さらに『青原南』でも教えている講師がそう言っていた。


「このまま、みんなゴールに向かって、悔いのないように出来たらいいのだけれど」

「悔いかぁ……」

「うん」


どんな人生を生きても、悔いのないものなど、僕にはない気がした。

人は与えられた場所に満足せず、もう少しと欲を出す。

それがいい方向に動くのか、別の方向に動くのかは、

その時の気持ちによるのかもしれない。





そして、冬を越え、さらに新しい春を迎えようとする若者たちは、

大人になる階段を、また一歩進もうとする。


「合格発表?」

「はい」


僕はその日、『ストレイジ』で仕事のため、朝からデータを書き写し、

指示されている通りのストレスを苗に加えた。

澤野さんは、ここのところ電車が混んでいるのは、受験のせいなのかと今更口にする。


「何を言っているんですか。僕達も、そういう時代を過ぎてきたでしょう」

「時代? まぁな。でも、自分に関係がなくなると、人はすぐに忘れるものだ」

「忘れるって……」


この年、僕が教え、勝負を迎えた学生は3名。

一人は浪人をし、『東城大学 理学部』を狙う男子学生。

そしてもうひとりは、学生留学などに力を入れ、

近頃人気急上昇の大学を希望する女子学生。



そして……



僕の初めての教え子。生意気でずうずうしい、山東アレン。



「『聖北薬科大』か」

「はい」


『薬剤師』を目指すアレンが選んだのは、日本でも伝統のある薬科大学だった。

入ってきた頃の学力では、到底無理だと思えたが、試験前の状態なら、

十分合格の可能性がある。キリスト教系列の大学であり、

奨学金制度も充実しているというのが、アレンの気持ちを決めた理由のひとつだった。

今日が合格発表。



『受かっても落ちても、塾にはちゃんと行くから』



アレンは最後の授業で、そんなことを言っていた。

あいつ……

昼食を取るつもりで部屋を出ると、携帯のメールが光っていた。

すぐに相手を見ると、郁美になっている。



『アレン、合格したって、さっきメールくれたの』



合格かぁ、よかった……。



……と思ったのは、一瞬。


「はぁ……全く」


僕はメールの文面を、人差し指で軽く弾く。

そう、また、郁美のフライングだ。

今、僕はこの事実を知ったのに、アレンがこれから塾へ来て報告する時、

知らないふりをしないとならなくなった。

人を笑わせたり、驚かせたりするのが好きなアレンのことだ、

最初は小芝居で、落ちたふりくらいするかもしれないのに。



全く……



「どうした宇野、何かおかしいのか」

「いえ……」


郁美はきっと、今、最高潮に喜んでいるだろう。それからしばらくして、

状況に気付き、慌てて謝罪の電話を入れてくるかもしれない。



『いいよ、大丈夫』



そう、その時僕はきっと、そう答えるはず。

だって、アレンになら、僕らのことを知らせてもいい気がするから。



あいつは……大人になったのだから。



「澤野さん、飯、行きましょう」

「おぉ、何にする」

「うーん……」

「ラーメン行こう」

「決まっているじゃないですか」


そうだ、あいつの発表と同時に、アレンを驚かせてやろう。

そう思うと、塾へ向かうのが楽しみになってきた。

僕は、行き先を決めた澤野さんの後ろに続きながら、

僕らのことを知ったあのアレンの顔が、どんなふうになるのか想像しながら歩き続けた。




Regret あなたが僕にのこしたもの 【終わり】





最後までお付き合いありがとうございました。
お話についてのあとがきは……明日。
コメント、拍手、ランクポチなど、ご協力いただけたら嬉しいです。(@゚ー゚@)ノヨロシクネ♪


コメント

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連載終了、お疲れさまでした。
毎日楽しみにしていました。
とはいっても、タイトルが頭から離れなくて、
ももんたさんだからありえないだろうと考えながらも、
郁美は亡くなるのかなと、しばらくはハラハラでした。
ひねりに続くひねりに、ドキドキもしました。
また、次も楽しみです。
ありがとうございました。(≧∇≦)

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ありがとうございました

みちさん、こんばんは

>ももんたさんだからありえないだろうと考えながらも、
 郁美は亡くなるのかなと、しばらくはハラハラでした。
 ひねりに続くひねりに、ドキドキもしました。

ありがとうございます。
そう思っていただけると、タイトルをつけた甲斐があります(笑)
人は環境によって変わるものですからね、
最初は悪だった柾も、人との出会いや時間で、色々と変わりました。

これからもマイペースに続ける予定です。
どうかお気楽におつきあいください。
コメントとっても嬉しかったです。
ありがとうございました。

ありがとうございました

ナイショコメントさん、こんばんは

>ランキングから、このサイトを知りました。
 そこからはまって読み続けています。

うわぁ、嬉しいです。
これだけたくさんの記事がある中で、見つけてもらえたのですね。
これからもマイペースに続けますので、
ぜひぜひ、遊びに来てください。