1 幼稚園の私と保育園の先輩

1 幼稚園の私と保育園の先輩


『新町幼稚園』


「ねぇ、なみ先生、早く遊ぼう」

「うん、今すぐ行くから、待っていて」


『紺田なみ』。

私は、この幼稚園で先生をしている。

幼い頃から子供が大好きだったので、自然と幼稚園の先生を目指した。

大学を卒業し、この『新町幼稚園』に採用され、

1年は先輩のフォロー、つまり『副担任』という名前の助手だったが、

3年前から正式に担任を任されるようになった。

去年は、初めて卒園児となる年長を担任し、

同じ思いを持った同僚たちと大泣きしながら送り出し、今年は一番小さなクラス、

年少を受け持っている。

子供達はとても元気で明るく、そして同僚の先生たちも気さくに話せる人が多い。

特に副園長の浅居誠さんは、要領が悪く仕事が追いつかない私に対しても、

責めたりすることもなく、よくフォローしてくれた。


幼稚園という職場は、女性の割合が多い。

最初の1年目は、先輩に何度もダメな部分を指摘され、

時にはひどく落ち込むこともあった。

そんなとき、誠さんは『失敗は誰にでもあるから』とそう明るく言ってくれて……

私は、それだけでまた明日頑張ろうと、思うことが出来た。

優しく頼りがいのある人だという思いは、自然と『恋』に発展し、

今から1年ほど前、私たちは特別な間柄になった。


「なみ先生」

「はい」

「これ」


誠さんから受け取ったのは、マンションの合い鍵。

子供達が帰ってしまった時間だとは言え、幼稚園の中でなんて、

あまりにも行動が大胆すぎる。

誰かの足音が聞こえてきたので、私は落とさないように、エプロンのポケットに入れた。


「昨日、やっと引っ越せたんだ」

「昨日……」

「あぁ、実家にいたら、毎日お袋の監視だろ。いつまでも自由な時間なんてないからさ。
これで、いつでもなみと会える」


誠さんにそう言われ、あまりにもストレートな声が響き、顔だけが赤くなる。


「こんなところで顔、赤くするなって」


誠さんは廊下にあったダンボールを抱え、歩いて行く。

『特別な間柄』。『特別な存在』。それが嬉しくて、

私は、ポケットの中に手を入れ、何度もカギを確認した。



「あ、なみ先生、いたいた。ねぇ、これ手伝ってもらっていい?」

「うん」


『赤尾陽菜』さん。彼女とは同期。

明るくて頑張り屋の彼女は、子供たちから『はるな先生』と呼ばれている。

要領の悪い私とは違い、彼女は任された仕事を確実にこなしていく。

今年は幼稚園で一番小さい学年、3年保育4クラスをまとめる役になった。

現在『主任』として幼稚園にいる1つ年上の先輩が、今年度で退職すると聞いている。

次の『主任』は、はるな先生なのではないかと、密かに私は思っているのだけれど。


「この箱を、一番小さいものにしましょうか」

「そうね」


12月の始めに行われる『発表会』。

子供たちが着る衣装を、サイズごとにわけていく。

毎年、同じものになってはつまらないので、

リボンをつけたり、ブラウスの飾りを工夫したり、

こんな地味に思える作業が、私は結構、毎年楽しみになっていた。


「毎年思うけれど、なみ先生って裁縫上手」

「そうかな。なんだろう、ちまちまとしたことが好きなのかも」


はるな先生は、私はあまり得意ではないと言いながら、それでも確実に針を進める。

そういえば私は、小さな頃から裁縫は得意だった。

今でいう『女子力』は結構高めなのだが、それをいまいち生かせないのは、

もう一つ、必ず書かれた言葉があるからかもしれない。


『積極性に欠ける』


小学校の頃から、本当によく成績に書かれた。

幼稚園の先生になってからも、書き上げて何回も確認した原稿でも、

保護者のみなさんの前でマイクを使って読み上げるときなど、

ガチガチに緊張するのは、幼い頃からの苦手意識なのだろうか。


「なみ先生、クリスマス。フクちゃんとどこかに行くんですか?」


今年入ってきた後輩、みき先生が横からそう尋ねてくる。

こんな時、周りの同僚がちょっと微妙な顔をするのが、私は苦手だった。


「さぁ……」


職場恋愛というのは、こんなものなのだろうか。

私は針を懸命に動かし、よくわからない空気を必死にかき混ぜた。





帰りの電車の中、誠さんからもらった合い鍵をもう一度見る。

女子中、女子高、そして女子大。

今まで長い間、女性に囲まれた生活をしてきた私。

選んだ仕事も幼稚園教諭で、当たり前だけれど周りは女性が多い。

そこに現れた誠さん。彼は『積極的』な人で、いつも私を引っ張ってくれる。

子供達との時間も楽しいし、何も文句はないはずなのだけれど、



こんな私が、彼にどうして選ばれたのか、それだけが……



自分自身、あまり納得がいかなくて。

電車が急ブレーキに揺れたので、私は鍵を無くさないようにバッグに入れる。

次の駅に着くと、白髪まじりの女性が乗ってきた。

手すりにつかまりながら歩いてくる姿に、私は席を立ち、その女性に声をかける。


「ここ、どうぞ」

「いいですよ、近いですから」

「でも、結構揺れますし」


女性は申し訳なさそうに頭を下げ、私がいた場所に座ってくれた。

私の駅まであと3つ。ちょっと外でも見ていたら、あっという間に到着するはず。


「あの……もしかしたら保育士さんですか?」


席を譲った女性は、私にそう尋ねた。

『保育士』と言うのは保育園の先生を指すのだけれど、まぁ、似たようなもの。


「あの、どうしてそう思われるのですか」

「紙袋から、かわいらしいくまちゃんがのぞいています」


紙袋と言われて、私は自分の持った袋を見た。

そう、確かに色画用紙で作っている『くま』の切り抜き。


「あぁ……はい。幼稚園の発表会で使うものです。
手直ししないとならなくて持ち帰りました」

「あ、幼稚園ですか。そうですか」


今は白髪のその女性は、話を聞くと以前『保育士』だったと教えてくれた。

自分も子育てをしながら、仕事を持ち帰ることもあったと、懐かしそうに語ってくれて、

私は、そうでしたかと大先輩に頷き返す。


「うちが大変な時期なのに、さすがにもう、手伝えなくなりましてね」


『大変な時期』とは、なんだろう。

そんな話をしていたら、あっという間に駅に到着した。

私がここで降りますのでと言おうとしたら、席を譲った女性も立ち上がる。


「ここで降りますので」


そう、私たちは、偶然同じ駅を使っていた。





『どんぐり保育園』

私が電車で知り合った女性は、このあたりでは歴史のある『どんぐり保育園』を作り、

長い間園長先生として働いてきた、『藤平ミサ』さんだった。

元々、駅の近くにあるため、利用者からも便利で愛される保育園だったが、

電車が新路線を通すことになり、園は開発の場所に巻き込まれ、

広かった園庭を削らなければならなくなった。

『どんぐり保育園』は、園の裏にあった園長家族の住む家の土地も活用し、

賃貸マンションを作った。園のために取り壊した自宅は、その最上階だという。

現在はその一階フロアが全て『どんぐり保育園』になっている。

子供たちは電車が見えるかわいらしい園庭に出ては、運転手さんに手を振っていて、

そう、そんな姿を私も何度か見かけたことがあった。


「そういえば、私、電車の中から、何度か『どんぐり保育園』の子供たちを見ています」

「そうですか……」


幼稚園と保育園。

ミサさんとはこんな話題で盛り上がり、

商店街を抜けた最初の曲がり角で別れることになり、互いに頭を下げる。


「発表会、頑張ってくださいね」

「ありがとうございます」


子供たちにとって、一番大きなイベントとも言える発表会。

私も頑張らないとと思い、横断歩道を渡ろうとしたとき、

1台のライトバンが目の前を通り過ぎた。その車はすぐ横で止まる。

窓ガラスが開き、中から男性が顔を出した。


「すみません、大丈夫ですか」

「あ……はい」

「本当に、ごめんなさい」


突然、車が出てきたことにも驚いたけれど、その人がすぐに謝って、

またすぐに車を動かす素早さにも、驚かされる。


ライトバンは『どんぐり保育園』の前に止まった。

彼は運転席から飛び出すと、今度はミサさんに声をかけている。


「おばあちゃん、探したんだ、どこに行っていたんだよ」

「どこって……」

「また母さんと話してきたのか? 経営を頼む話は、少し待ってって言ったよね」

「壮介、でもね」

「でもじゃない。おばあちゃんと母さんの不安もわからなくはないけれど、
少しずつでも、みんな俺の意見も聞いてくれているし。
相手のペースで進める話じゃないはずだ」


そういえば、電車の中でミサさんが『大変な時期』と言っていたことを思い出す。

でも、私には関係ない話であり、立ち聞きしているのもおかしいので、

そのまままっすぐ歩き出した。




2 あとをつないでいく者たち

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