2 あとをつないでいく者たち

2 あとをつないでいく者たち
『新町幼稚園』の発表会は、それから3日後、無事終了した。

子供たちのたくさんの笑顔。それを見ている親たちの笑顔。

そして、ここまで出来たと喜ぶ、私たち保育士の笑顔。

たくさんの笑顔が、園に明るい花を咲かせてくれた。

ここまで緊張の中過ごしてきたからなのか、次の日は代休で、

私は昼近くまで寝てしまう。

それでも、おなかが空いたことをきっかけになんとか起きて、

近所のスーパーに行くため、自転車に乗った。

駅の裏から入ったほうが、自転車が止めやすいことも知っているため、

公園の脇を走っていると、そこで遊ぶ子供たちを見つけた。

『どんぐり保育園』の、お揃いTシャツを着た保育士さん。

私と年齢が同じくらいの人もいるけれど、

もしかしたら私の親に近いかもと思える人もいる。

大学や短大を卒業した若い女性が多く働く『幼稚園』は、あくまでも子供中心。

免許も『教諭』であり、学校とまではいかないが、親も先生も学ばせるという意識が強い。

しかし、保育園は働くお母さんのためにある部分が多いため、

『経験』が色々な意味で役に立つ。

資格を持っているベテランママたちが、実際の子育てを終え、

もう一度保育士として復活していることも多い。

ベンチに座っている女性が、私に向かって手を振っているように思えて見てみると、

それは、ミサさんだった。


「こんにちは」

「こんにちは」


そのまま走り去るのもおかしいので、私は自転車を公園の端に止め、

ミサさんのベンチに向かう。一緒に来ていた保育士さんも、

私がミサさんの知り合いだと思っているのだろう、みなさん頭を下げてくれる。


「今日は、お休みなのですか」

「はい。あの……この間話した『発表会』の代休です」

「あぁ、そういえば電車でお話ししましたね」


ミサさんは、今日は天気がよかったので、子供たちと一緒に歩いてきたと話してくれた。

私が誰なのかわからず、めずらしかったのだろう、数名の子供たちがそばにくる。


「ミサ先生……誰?」

「誰?」

「誰?」


子供とはおもしろいもので、誰かが一人言葉を発すると、なぜか繰り返しが起こる。

私は子供たちに視線を合わせようと腰を下ろし、『紺田なみ』ですと自己紹介した。

女の子たちは、恥ずかしそうに顔を見合わせては笑っている。


「なみ先生は……えっと、どこでしたっけ、幼稚園」

「あ、『新町幼稚園』というところです」


ミサさんは、私は幼稚園の先生で、今日はみんなが楽しそうに遊んでいるから、

かわいいなと思って見に来てくれたと、そう子供たちに説明する。


「かわいい?」

「うん、みんなかわいい。ピンクのお帽子似合っているね」


女の子たちは、髪についているリボンはお母さんがつけてくれたこと、

足元の靴を指差し、おばあちゃんが買ってくれたことなど、一斉に話し出す。

一気に3人。でも、これくらいならなんとか聞き分けられる。

すると、少し離れた場所にいる男の子が一人、『だるまさんがころんだ』をやるよと、

3人を誘いに来た。子供たちは私に手を振って、走っていく。


「バイバイ」


子供たちが向かう場所、そこにいたのは……


「よし、目を閉じて、数えるぞ……」


この間、ライトバンを運転していた……



『壮介、でもね』



あ、そうそう、『壮介』さん。

『藤平壮介』。彼もまた『どんぐり保育園』の保育士なのだろうか。


「なみ先生」

「エ? あ、はい」


ミサさんに『先生』なんて言われると、緊張してしまう。


「幼稚園は、楽しいですか?」


ミサさんの質問に、私は自信を持って『はい』と答えた。

要領が悪くて、すぐにドタバタしてしまうけれど、子供たちと一緒にいる時間は、

何ものにも変えがたい。


「私はずっと、子供と関わった仕事をしていたいと思います」


幼稚園の免許だけではなく、保育士の免許も取ったのは、

自分の環境が変わっても、ずっと子供たちと過ごしていたいと思ったから。

そう……あのベテラン保育士さんたちのように、私も一生、笑顔と関わっていたい。


「そうですか……」


ミサさんは嬉しそうに笑ってくれる。

私はそれではまたと挨拶をして、公園を離れた。



私は、スーパーで買い物を済ませ、荷物の入ったビニール袋を自転車のカゴに入れた。

牛乳は結構重たいから、バランスを崩さないようにしないと。


「はい、みんな、道路の端っこを歩いてください」


公園で見かけた『どんぐり保育園』の子供たちが、2列になり、

商店街の中を歩いていく。ベテラン保育士さんが前と真ん中に立ち、

一番後ろには壮介さんが、泣き顔の男の子を負ぶっていた。

右足の擦り傷、きっと公園で転んでしまったのだろう。

小さな行進は、ほんの数分で見えなくなる。


「あ、ねぇ……そういえば『どんぐり保育園』のこと、聞きました?」

「あの噂のこと?」

「そうそう。園長先生が心臓の発作で倒れてしまって、1年近く不在らしいわよ。
まだしばらく現場には戻れないって」

「ねぇ……。明るくていい園長先生だって、通っているお母さんが話していたけれど、
いつ戻れるのかわからないっていうのは、少し不安よね。
かといって、今、保育園はどこもいっぱいで、別の場所って言うのも、
難しいみたいだし」

「なんだか、英会話教室とかも経営している会社が、引き継ぐかもしれないって」

「そうなの? うーん……ちょっとイメージ違うわね」


幼い子供を連れたお母さんたちから聞こえたのは、『どんぐり保育園』が、

他の人の手に渡るらしいという、そんな噂話だった。

どこか昔の雰囲気が漂って、それはまたそれでいい保育園だったのにと、

互いに自転車を押したまま、スーパーの前を離れていく。

ミサさんから聞いた『大変な時期』というのは、こんなことだったのかと、

私は自転車をこぎ出しながら考えた。



私には、何も関係がないことだけれど……

あの日、少しだけ立ち聞きした雰囲気だと、

壮介さんも、ミサさんも、どこか納得出来ていないように思えていたから、

だから、気になってしまった。





「保育園の譲渡?」

「そういう話って、誠さんは聞いたことがある?」


考えても仕方がないことなのに、気付くと考えてしまう。

『新町幼稚園』の園長、つまり誠さんのお母さん『浅居華絵』さんは、

このあたりでずいぶん力がある存在だと、以前聞いたことがあった。


「まぁ、あるだろうね。何もかも今は組織だって経営しないと、
小さな個人的な企業なんて、あっという間に吹き飛ぶし」

「企業……って」

「企業だろ。幼稚園だって保育園だって経営だ。行政の援助があるとはいえ、
赤字じゃ成り立たない」


誠さんは、これからはスイミング教室や英会話教室を経営している会社と、

コラボというような話しまで出てくるだろうと言う。


「誠さん、あのね実は『どんぐり保育園』って言って」

「あのさ、なみ」

「何?」

「まだこの話題を広げるの? 二人の時に、そういう話しはやめてくれないかな。
幼稚園だ保育園だの疲れるよ」


誠さんは、本当に嫌そうな顔をした。

幼い頃からこういった環境に育ち、365日抜けられない生活をしているので、

二人きりのときには、忘れていたいとそう口にする。


「しかもさ、うちの話しじゃないだろう。
他の園のことなんてどうだっていいよ。ダメなところはなくなる、それだけだ」


誠さんはそういうと、そばに立つ私の手を引く。


「ごめんなさい」


そうだった。

こんなこと聞いたって、知ったって、私にはどうすることも出来ない。

私が考えなければならないのは、『新町幼稚園』に通う子供たちのことだった。

気持ちを切り替えて、誠さんと一緒に過ごせる時間を楽しまないと。

その日は結局、誠さんの部屋に泊まることになった。





発表会が終わると、幼稚園は普段の生活に戻る。

『クリスマス会』など、小さなイベントは残されているものの、

特に慌しいこともないため、少しだけ気持ちがのんびりする。


「4月に?」

「そうなの。大学時代の友人3人で、受付をしてくれないかって、
昨日かかってきて、電話」

「へぇ……」


はるな先生と、一緒にお弁当タイム。

彼女の話は、来年の4月、大学の先輩が結婚することになり、

その受付を後輩3人に頼んできたというもの。


「それが着物で頼むって言われてしまって。
急遽、どうしようかと話し合いをすることになったの」

「着物で受付をするの? それはたしかに華やかかも」


私も今年で26になった。友達は先に2人結婚しているが、

支度が面倒だということもあり、今まで着物で出席したことはない。


「まぁ、たまにはいいかなと思いつつ、面倒だなという気持ちもあり……」

「確かに、そうだね」


はるな先生は、その先輩が以前、付き合っていると紹介してくれた人ではない人と、

結婚を決めたという話しまで披露してくれる。


「私の友達なんて、先輩の前の彼が絵画教室の先生だから、
頼むって言われて付き合いで一緒に入会したのに。あっという間に別れていて、
先輩だけ、勝手に教室も抜けていたことを、2、3日前に知ったみたいで、
驚いてました」

「それは……」

「ねぇ、ひどいでしょ」


はるな先生は、本人の前では何も言えませんからと、お弁当を食べながら笑う。


「はぁ……おなかがいっぱいなると、眠くなるから、まずいかも」

「そうだね」


のんびりした午後。

毎年同様、このままクリスマス、お正月と迎えるのだろう。

その日も、仕事を定時に終えて、私は家に向かう。

駅に着き、人が乗り降りするのを見ていたら、ミサさんが壮介さんと一緒に、

この前の駅から乗ってきた。私はまた立ち上がる。


「ミサさん、ここどうぞ」

「……あ、あらまぁ」


ミサさんに座ってもらうと、私はつり革をつかむ。


「すみません」

「いえ……」


壮介さんは、明らかに暗い表情だった。

私は話しかけることも出来ずに、ただ隣りに立つ。


「なみ先生」

「はい」

「壮介、彼女は『新町幼稚園』の先生なんだよ」


ミサさんは、私が以前も席を譲ってくれて、同じ駅で降りることになったので、

名前を名乗ったのだと、壮介さんに説明した。

壮介さんはそうですかと言いながら、軽く頭を下げてくれる。


「壮介、いつまでも考えていないでいいから。形はどうであれ、
保育園が続くことそれが大事だろ。お前も、無理することなんてないんだよ」

「無理だなんて言ってない」

「もういいんだよ、壮介」


話の核はわからないけれど、おそらく保育園のことだろう。

先日、どこかの主婦たちが話していたことが、本当のことなのかもしれない。

私は黙ったまま、この状況を受け止める。


「あの経営者じゃ、どんぐりらしさは無くなるよ。
今は、保育園の方が立場は上だというような、押し付け方でさ」


壮介さんが、ぽつりとつぶやいた。

『どんぐり保育園』は、どんな新しい人が経営するというのだろう。


「でも、保育士のみなさんも全員、そのまま就職させてくれるって言うし」


目の前で、込み入った話しが展開しているけれど、口は挟めない。

黙って景色を見送りながら、駅に着くのを待った。




3 演奏会はエールを込めて

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