4 勝ち誇る人と最後の意地

4 勝ち誇る人と最後の意地
クリスマスまであと数日。

それでも、気になることを放り出してはおけない。

私も勇気を出さないと。


「なんだよ、話なら部屋にくればいいのに」


その日、仕事を終えてから、誠さんをコーヒーショップに呼び出した。

彼のマンションはここから数分だけれど、

部屋で会うことと、ここで会うことには大きな違いがある。


「正直に話して欲しい」

「うん」


私は、この間、みき先生が宣言したことを、そのままストレートにぶつけた。

『一線』という言葉も、そのまま使う。


「みき先生の言っていることは本当なの? 
だとしたら、誠さんにとって私は、どういう存在なんですか」


誠さんは真剣な私の顔をチラッと見た後、『ふぅ』と息を吐く。

1秒、2秒、時間だけが重なっていく。


「あのさ……」

「うん」

「みき先生には、前から一度食事に行きましょうって、ずっと言われていて。
向こうもお酒が強いから、いい店があるからって何軒か飲み続けて。
まぁ、職場の仲間だし、そっぽもむけないしと、優しい顔をしていたら……」


誠さんは、テーブルに頭をつける勢いで、『ごめん』と謝罪する。


「本当にごめん、酒の勢い、魔が差した。これしか言えない」


魔が差したと言うことは、ようするにそういうこと。


「私の存在がどうのこうのなんて言うなよ。なみ以上の存在じゃないから、そこはさ。
堅苦しい言い方はやめろって。もう、何を言われても無視するから」


誠さんは、将来園長になるための色々な挨拶回りや研修続きで、

近頃ストレスが溜まっていたと、そう言い訳し始めた。

誰だって間違いはあるだろう。誠さんの言うとおり、彼女はとても積極的で、

自分の方が相手としてふさわしいくらい、言うかもしれない。



それでも……



「少し、時間を持ってもいい?」

「時間? それって会わないってこと?」

「……うん。少し冷静になりたいの」


自分に優しくしてくれた時間も、仕事を教えてくれた時間もある。

だから、冷静になってみたら、これから先のことが見えてくるかもしれない。

やっぱり誠さんと会いたい、これからも一緒にと思うかもしれない。

だから……



少し、心の距離を取ってみよう。





クリスマスという、世の中のカップルが楽しみにしている行事。

私は、コンビニで買ってきたおでんと、小さなワインとケーキ。

好きなビデオを見て、好きなときに眠って、

寂しいと感じるのでないかと思っていたけれど、一人も結構、楽しかった。





新しい年になり、また幼稚園が始まった。

子供達は、冬休みの楽しい話をたくさん持ってきてくれたので、

私はそれを聞くことで、目と頭がぐるぐる回りそうだった。

2月には1年を降り返る『展覧会』がある。

準備はこれから……

そんなことを考えながら歩いていると、『どんぐり保育園』の中に、

数名のスーツ姿の男性が立っていて、なにやらあちこちを見て色々と意見を言っていた。

私はまた、塀の隙間の前に立ち、中の様子をうかがう。

しっかりとした会話は聞こえないけれど、『価値』だの、『余分なもの』だの、

ちょっとした単語だけが耳に届いた。側にいるのは、ベテランと思える保育士さん。

子供達を遊ばせながら、なにやら一生懸命説明をする。



『歴史もあるし、実績もあるし……で、手をあげてくれる企業があるからと、
病院で言うんですよ。離婚してかわいそうな思いをさせた、あとは自由にしていいって。
俺は違う、俺がやるんだって言っても、現実が追いついていなくて』



アンパンマンのマーチで勇気を出したのに、壮介さんのチャレンジは、

認められなかったのだろうか。白髪のミサさんも、入院中の園長先生も、

ギター弾きの副園長候補は、認めなかったと言うことだろうか。

そのとき、私の肩を叩く人がいて。



振り返ったら、立っていたのは壮介さんだった。



「また、なみ先生ですね」

「すみません……」


これは明らかな『のぞき見』。自分でしていたこととはいえ、本当に恥ずかしい。


「ここの穴、魅力的なんだろうな。子供達もよく中からのぞいていますよ。
郵便のおじさんが通ると、こんにちは、こんにちはって声をかけたり」

「あ……あの」

「あっちから堂々と走る電車が見られるのに、わざとここからのぞいてみたりしてね」

「あの……」


この場から走り去りたい。でも、その前に一つだけ、聞きたいことがある。


「なみ先生のおかげで、『どんぐり保育園』を手放さずに済むことになりました」

「エ?」



私のおかげって、どういうことだろう。



「本当ですか? それなら、お母さんもミサさんも……」


壮介さんは『はい』と嬉しそうに頷いてくれる。


「アンパンマンのマーチ、歌ってくれたじゃないですか。
俺、それを母の前で、訴えたんです」

「アンパンマンをですか?」

「まぁ、歌詞を利用したというか、無断引用というか」


壮介さんは、思い出しているのか、楽しそうに笑う。


「俺は、音楽が好きだけれど、でも、それと同じくらいこの『どんぐり保育園』が好きで、
子供達と一緒に、成長していきたいと思っているんだ。園の中に入るのは、
俺にとって音楽をあきらめることじゃなくて、形を変えるだけのことなんだよと……」


壮介さんは、元々音楽で有名になろうとかではなく、

自分の演奏で、人を楽しませたいとそう思っていた。

だから、笑顔が目の前にある場所を選び、演奏を続けてきた。


「『どんぐり保育園』に来る子供達を喜ばせたい。働くお母さんを助けたい。
親子の笑顔をたくさん作ってやりたい。自分はまだまだ未熟者だけれど、
ここで一緒に成長したい。そう訴えました」


壮介さんは、『自分には出来ないと、やらずにあきらめることは嫌だ』とか、

『何をするのが幸せなのかを考えた』とか、

アンパンマンのマーチに出てくるようなフレーズを多用し、訴え続けた。


「クスッ……」


作詞をした人が聞いたら、怒ってしまわないだろうか。勝手に使って。


「なんだかずるいですね」


思わずそう言ってしまった。


「私のおかげではなくて、それは『アンパンマン』のおかげということです」


前向きな歌詞を歌ってくれる、アンパンマンのおかげ。


「かもしれません。でも、あの日、なみ先生が歌ってくれた歌詞を聴いていたら、
本当にそう思えたので……」


壮介さんの熱意を受け止めたお母さんは、

『どんぐり保育園』を引き受けたいと言った企業からの誘いを、すべて断ったと言う。

そして、今現在、働いてくれている全ての保育士に一人ずつ手紙を書き、

これからも協力をお願いした。みなさんも、壮介さんの思いを認め、

『どんぐり保育園』は、再出発をすることが決まったという。


「それじゃ、あれは」

「あれは、リフォームです。右側の小さな遊び場を、
クッション性の高い素材にすることと、窓の上に伸び縮みのきく、
屋根をつけようと思いまして」

「あぁ……」

「保育士として、俺はまだまだ未熟者ですが、
経験の中で少しは思い浮かぶことがありました」


壮介さんは、子供たちと遊びながら過ごしながら、

そんなアイデアを持ったと、そう話してくれる。確かに、あの窓の上に屋根があれば、

夏の強い日差しからも子供たちを守ってあげられるだろう。

状況によって伸び縮みが出来たら、きちんと部屋の中にまで日の光は届く。


「ベテランの保育士さんたちとも、しっかり話し合いました。
今までは、どこか勢いだけで空回りが多かったので。
どうしたらよりよい園になるのか、色々と意見を出してもらって。
これからも一丸となって、『どんぐり保育園』を盛り上げていくつもりです」


寂しそうにギターを弾いていた日から、まだそれほど経っていないのに、

壮介さんの目は、どんどん先を見ている。


「ご心配をおかけしました」

「いえ……」


自分の職場ではないのに、本当によかったなとそう思えた。





それから1週間後。

いつものように『どんぐり保育園』の横を通ると、『保育士募集』の紙が貼ってあった。

『副園長 藤平壮介』。

連絡先は、壮介さんの携帯電話になっている。

以前、園の経営者が変わるのではないかと噂をしていた人がいたけれど、

きちんとこれから先の道筋が見えてきたなら、

きっと、働きたいと思う人は出てくるだろう。

不器用だけれど、子供たちのために頑張ろうとしている人がそばにいれば、

みんなで頑張ればきっと、

『アンパンマン』に『しょくパンマン』や『カレーパンマン』がいるように、

チームが作れる。

私は電車に乗り、『新町幼稚園』に着くと、仕事が出来る服に着替えた。

前から誠さんが歩いてきたので、『おはよう』と挨拶する。


「なみ、これはお前のせいだからな……」


かけられた言葉は、挨拶ではなくて、冷たい一言。

その意味は仕事が終わった後、ハッキリした。


「なみ先生」


後輩の保育士、みき先生が近付いてくる。

『何?』なんて聞かない。どうせ言う事はわかっている。


「なみ先生がフクちゃんに優しくないから、もう心が決まったって、
そう言われました」



ほら……



「私の……勝ちです」



『勝ち負け』なんて、つけることだろうか。

あの言い方だと、彼女が勝ちで私が負けということだろうけれど。

私は何も答えず、顔も見ないまま園を出る。

携帯電話を見ると、メールの印がついていた。相手は、誠さん。



『時間をおいて俺にもわかったことがある。俺たちは、終わりにした方がいい』



あまりにも一方的な、なんだか、他人ごとのような文章だった。

確かに距離をおきたいと言ったのは私だけれど、その原因を作ったのは誠さんなのに。

互いに冷静になりたいと思った行動だったが、

誠さんには『ごめん』と頭を下げたほどの、思いはなかったということだった。

この結果が出て、悔しいとか悲しいとか、そんな感情はなかったけれど、

ハッキリわかったことがある。

誠さんが私を選んだのは、そう……こんなことになっても、人前で取り乱すことなく、

黙って耐えてしまうことを、普段の仕事の中で、知っていたから。



『なみ先生、もう少し早く出来ない?』

『なみ先生、丁寧なのはいいけれど、疲れるわ』



『新町幼稚園』に入りたての頃、先輩の先生から、

こんな意地悪いことを言われたこともあった。はるな先生や同期4人で、

先輩の悪口を言いながら、カラオケを歌った日もある。

『それは違います』。『私はそう思いません』

同期たちは、そうやって先輩に言い返すこともあったけれど、私は出来なかった。

黙って頷いていれば、それで次にいけると思っていたから……



『気にするなって』



そんなとき、いつも声をかけてくれたのが、誠さんだった。

黙って耐えている私に……



「はぁ……」


大きく息を吐き、空を見る。

明日はきっと晴れるだろう。だから、涙なんて流さない。



そう、流すものか……




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