6 心の扉を開くとき

6 心の扉を開くとき
部屋に戻り買ってきたものを冷蔵庫に入れる。

その時、『どんぐり保育園』の前に、忘れ物をしてきたことに気がついた。

『求人情報誌』。

思いがけず、来客が出てきたので、慌ててしまった。

ビニール袋をつかんだのは覚えていたが、そう、雑誌は手に取らなかった。

あの花壇の上に、残してしまって……



今更戻るのもと思い、私はまた新しく買い直すことにした。





「先生、さようなら」

「さようなら」


バスに乗る子供たちと、お迎えの子供たち全員を送り出す。

教室を箒で掃いていたら、パンダの形をした飾りが、取れかかっていた。

あの高さだと、椅子だけでは届かない。私は1階の物置にある脚立を取りに向かう。


「エ……嬉しい」

「これでいつでも泊まれるから」

「うん」


誰の声なのか、すぐにわかった。

私はその道の前には出ず、避けて教室に戻る。

そういえば、誠さんからもらった合鍵、私もまだ持っていた。

もう、カギは変えたのかもしれないけれど、それでも勝手に捨てるわけにはいかない。

きちんと返そうと思い、誠さんが一人になるタイミングを待つ。

誠さんはいつも仕事の最後を、物置の整理整頓と決めていた。

ライン引き、お砂場で子供たちが遊ぶ道具など、色々なものが入っている。

私は、その時間を計って、物置に向かう。


「誠さん」


私の声に、彼はすぐ振り向いてくれた。

私はポケットに入れてきた、カギを取り出す。


「ごめんなさい、これ、返していなくて」


付き合いの切れた女性がカギを持っているのは、あまりいいものではないだろう。

誠さんは黙ってそれを受け取ると……



園の横を流れる、小さな川に向かって放り投げた。



「今更いいよ、こんなもの変えたに決まっているだろう。
それとも……これをきっかけにしようとでも、思った?」


誠さんは『おつかれ』と言うと、私を見ることなく横を通り過ぎた。

あまりにも冷たい態度に、背筋が凍りそうになる。


「はぁ……」


私は、そこまでされるようなことを、したのだろうか。

カギなんてどうでもよかったけれど、捨てるのも申し訳ないと思ったのに。

寒い季節、心の中まで冷たい風が吹く。

私は温かいものを食べようと思い、仕事の帰りスーパーに立ち寄った。

買い物を済ませ、カートを戻すと視線は自然と前に向く。



『保育士募集』



地域の人が見る掲示板に、『どんぐり保育園』の募集の紙が貼ってあった。

『子供が大好きな方』という普通の言葉。

働く時間、条件など、当たり前のことが書いてある。

壮介さんは言葉が弱かったと言っていたけれど、特に前と変わったところなど、

あるだろうか。



『あなたなら出来ます。ぜひ、『どんぐり』で保育士を続けましょう!』



『続けましょう』って、誰に訴えているのだろう。

その時、私の頭に、公園で出会ったベテランの保育士さんたちが浮かんだ。

そうか、育児などで一度『リタイヤ』した人たちに、また頑張って欲しいと、

そう言っているのかもしれない。

壮介さんは、自分が未熟だと思っている。

だから経験もあり、しっかりしているベテランさん、

『どんぐり保育園』の求めている人は、そこだった。



私のような、まだまだ隙だらけの人材ではないんだ。



私はまた求人情報誌を買い、あらためて『保育士』の募集を探した。





「どう? なみ先生」

「うん……考えてはいるけれど、なかなかね」

「この時期からだと幼稚園は難しいよね」

「幼稚園は考えていない。年齢もあるし。保育園でと思っているけど」


『新町幼稚園』は辞めるけれど、保育士として続けたいと思っていることを、

はるな先生にだけは話す。


「まぁ、無理だったら仕方がないかな。とりあえず働かないと」


一人暮らしの家賃が払えなくなったら困る。私は帰り道、そう本音を語った。


「なみ先生は、天職ですよ。幼稚園の先生、辞めてしまったらもったいないのに」


私は『ありがとう』と言いながら、改札を通るための定期を取り出した。



仕事を続けたい。

でも、どこでもいいとは思っていない。

はるな先生にも言えなかった本音。



1から、新しく作ろうとしている、あの『どんぐり保育園』で働いてみたい……



心の中に、そんな思いがあるから、求人誌で保育士の仕事を探しても、

しるしをつけても、実際は電話もかけずにやめていた。

こんなことをしていたら、本当に困ってしまうのに……

駅を降り、今日も『どんぐり保育園』の横を歩く。

いつも私がのぞいていた塀の小さな穴のそばに、また求人の紙が貼り出してあった。



まだ、決まっていないんだ……



『愛と勇気を持てる保育士さん、『アンパンマンのマーチ』を弾ける保育士さん、
子供たちと一緒に歌いましょう』



『アンパンマンのマーチ』を弾ける保育士?



この前、スーパーで見た募集の紙とはまた違っている。

これって、どういう意味だろう。

ピアノだとしたら、こういった職業を選ぶ人なら誰だって弾けるはず。

貼り出された募集用紙の横は、塀に空いている小さな穴。

私は、そこから『どんぐり保育園』をのぞいてみる。

園には明かりがついていて……



そう、また壮介さんがギターを弾いているのが見えた。



あの日、私が初めて『どんぐり保育園』に入って、

あの場所で『アンパンマンのマーチ』を弾いた日。



壮介さんが立ち上がった。

ダメ……また、見つかってしまう。私はすぐに塀から離れて歩き出す。

角を曲がろうとすると、そこにはまた『保育士募集』の紙があった。

今朝は、ここになかったはずだけれど。



『ここを毎日通るあなた……『どんぐり保育園』で頑張りませんか!』



毎日通るあなた……

なんだかどんどん、対象相手が絞られている気がするけど。



『あなたなら出来ます。ぜひ、『どんぐり』で保育士を続けましょう!』

『愛と勇気を持てる保育士さん、『アンパンマンのマーチ』を弾ける保育士さん、
子供たちと一緒に歌いましょう』

『ここを毎日通るあなた……『どんぐり保育園』で頑張りませんか!』



スーパーに貼り出してあった紙、塀に貼ってあった紙、

そしてここにある紙……



違うと思っていたけれど、でも、ものすごく楽天的に捉えると、

自分があてはまると思っても、いいのだろうか。



その時、いきなり玄関が開いた。目の前に立っているのは、壮介さん。


「あの……『どんぐり保育園』では、明るくて優しい保育士を募集しています。
『新町幼稚園』ほど規模は大きくないですから、
出来ることにも限界はあるかもしれません。
でも、なみ先生が新しい活躍の場を求めているのなら……その力、
俺たちに、貸してくれませんか」


私の力。


「というか……ここに求人誌忘れましたよね、なみ先生」

「はい」

「保育士のところにしるし、していましたよね」

「……はい」


そう、しるしはしていた。

でも……


「『新町幼稚園』を辞めて、別のところに再就職しようと思っている……
のではないですか?」


壮介さんが、少しずつ私の方に近付いてくる。

訴えかけるセリフと一緒に、体も前へ、前へと…….


「……はい」

「保育士としての資格は、お持ちですよね」

「はい」


そう、どこでもいいわけではなかったから、だから一歩が出なかった。

ミサさんと電車で会った日から、『どんぐり保育園』が気になりだした。

大変な時期なのだと聞いて、関係ないと思えなくなってしまった。

小さな子供たち、ベテランの保育士さん、そして、不器用だけれど、

みんなと同じように園を思う壮介さんのことを知り、

『みんなで作り直す』というこの『保育園』に、

本当は、『愛と勇気』を持って入ってみたいと、思っていて……


「あれから……あの求人誌を忘れた日から、数日経ってますけど、その間に、
もう辞めてしまって、全然別のことをしようとしているわけじゃないですよね」

「……はい」


辞めようだなんて、思っていない。

これからもずっと、ずっと、子供たちと関われる仕事をしていたい。


「下を向いた俺のこと、励ましてくれたように、うちの子供たちにもぜひ……
あなたの力を……」


壮介さんは、私の忘れた情報誌を手に持ったまま、一生懸命訴えかけてくれる。





『積極性に欠ける』

私の成績には、いつもこんな言葉がつけられていた。

でも、ここは……



アンパンマン……

『やらずに諦めるのは、私も嫌』なんです。

壮介さんだけではなく、私にも力を貸してください。



「『紺田なみ』と申します。『どんぐり保育園』の保育士面接、
受けてもいいでしょうか」



【Colors ~心の扉~ 終】




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