2 過去の傷とそれぞれの今 【2-6】

【2-6】
「よし、ここですよ、ここ」


『滑川自動車整備』に向かい、仕事を済ませた真帆は、

あえて昼を少しずらした時間に、店へ入れるよう時間を組み立てた。

軽めに中を覗くと、何名かの客はいるものの、混み合っているという様子はない。

いざ扉を開けようと思うと、なぜか足が動かなくなった。

真帆は一度扉の前を離れ、大きく深呼吸する。


「近くに来たから……絢先輩にお礼をしたいと話したら、ここを教えてもらった。
そう……お礼に来た。お礼に来た私」


自分がどうしてここにいるのか、どう説明するのかと何度もつぶやきながら、

真帆は扉を開ける。カウンターの中から『いらっしゃいませ』の声が響いた。

真帆はどこに座るべきなのか迷ったが、カウンターの隅に向かう。

水を持った女性が、テーブル席でもいいですよと、そう声をかけてくれた。

白の三角巾を被った女性は、おそらく『黒木祥太郎』の母親ではないかと、

真帆は考えながら頭を下げる。


「一人なのに、いいのですか」

「いいですよ。もう、混雑する時間は終わったので。気になさらず使ってください」

「ありがとうございます」


どこか圧迫感のあるカウンターより、テーブル席の方が楽なので、

真帆は遠慮なく店の隅にあるテーブル席に移動した。

視線を前に向けると、厨房には男性が一人立っているが、

結婚式で見かけた祥太郎ではない。

となると、あの人がお父さんなのだろうかと、出されたお冷に口をつけながら、

真帆は考えた。


「ご注文は」

「えっと……五目チャーハンで」

「はい。『チャーハン』ひとつ」

「はいよ」


ごく普通の、そこらへんにある中華料理屋でのやり取りが交わされ、

水を出してくれた女性も、また厨房の中に入り、汚れたお皿を洗い始めた。

ガチャガチャと食器のぶつかる音と、中華なべがガシャガシャとコンロに当たる音、

ジュージューという油の音、そして、テレビから流れるニュースの音。

真帆は、視線をあちこちに動かし、それなりに探り出そうとするが、

『黒木祥太郎』に近付くものは、何ひとつ見つからない。

数分すると、目の前に『五目チャーハン』が運ばれてきたので、

資料を横に置き、とりあえず食べ始めた。

タマゴがご飯を優しく包み、チャーシューのコクが、全体に広がっている。

真帆は、昔からチャーハンが好きだったので、昼食にコンビニでもよく買うけれど、

さすがに違うと思いながら食べ進めた。


「ただいま」

「はい、お帰り」


そこに別の人物らしき声がしたので、真帆は首を目一杯動かし、

顔を確かめようとした。


「クリーニング屋の園田さん、今月分で払ってくれたけど」

「はいはい、領収書は明日って、言った?」

「言ったよ」


真帆はバッグからメガネを取り出し、しっかりとかけて前に立つ男性を見る。

スーツ姿ではないからわからないのだろうかと思ったが、

間違いないという思いには程遠い。いや、明らかに別人だった。

その時、初めて『黒木祥太郎』の情報自体が間違っていたのだろうかと、

真帆は厨房の中から出てきた、背が高く少し細身の男性をじっと見る。

チャーハンを食べていたレンゲが止まり、真帆は、予想外の展開に、

『黒木祥太郎』をどう確かめようかと、頭の中を動かし始める。

この店に来れば、当たり前のように『黒木祥太郎』が現れると信じていた。

休み時間も兼ねてきているので、ある程度はゆっくり食事をしていてもいいだろうが、

あまり長居をすると、妙な客だと思われかねない。

真帆はテーブルの上にあるメニューに書かれた『華楽』の文字を確認する。

絢に言われた通りの場所。店を間違えたということはない。



真帆の思いとは逆の立場で、店に戻ってきた祥太郎は、

急にレンゲを置き下を向いている女性客の姿に、

何か、味にまずいところでもあったのかと考えた。

時々、雑誌などの特集で、覆面記者などが店をうろつくことがあると聞いた事はあるが、

『華楽』はそれほど注目されている店ではない。

あれこれ考えるよりも、直接聞いたほうがいいだろうと、

祥太郎は散らかっていた雑誌を片付けると、真帆に近付く。


「あの……」

「あ……はい」


真帆は、目の前に祥太郎が立ったことに気付き、慌ててメガネを外す。


「何か、おかしなところでもありましたか」

「おかしなところ?」

「はい。食事が止まっていたので……」


祥太郎は、もし気付いた点があるのなら、作り直しますよとそう言った。

真帆は、違いますとすぐにレンゲを持つ。

チャーハンをすくうと、そのまま口へ運ぼうとするが、その手が止まる。

結婚式からここまで来るのに、ものすごくテンションを上げてきたはずなのに、

その勢いは一気にしぼんでいく。思っていたことと1点でも別の出来事が起こると、

全ての計画が崩れ落ちてしまうのは、昔から真帆のよくやることだった。


「あの……」

「はい」

「こちらに『黒木祥太郎』さんは、いらっしゃいませんか」

「黒木祥太郎は、僕ですが」


真帆は、外したメガネをもう一度つけた後、前に立つ男性の顔を見る。

日曜日に会った後、まだ2日しか経っていない。

いくらなんでもこれだけ顔が変わることも、

雰囲気が変わることもない気がして首を振る。


「いえ、あの……えっと」

「はい」


真帆は、自分の聞き方が悪かったために、

おそらく絢から聞いた情報が、違っていたのだろうと思い、

財布を取りだすと、そこに千円を置く。


「あの……お勘定を」

「エ……でも、まだ半分も食べていませんし」

「すみません、私……」


真帆は、真面目に働いている男性を前にして、

自分が、あまりにもくだらないことでここへ来た気がしてしまい、

横に置いた資料を持つと、お釣りももらわないまま、店を飛び出した。



【3-1】

それぞれの恋の色を塗っていくと、そこに見える『Color』は……
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