3 人には表と裏の顔がある 【3-6】

【3-6】

『フォトカチャ』を仕切る富永は、数年前まで週刊誌『スカッシュ』の編集長だった。

定年退職を迎え、そこから付き合いのあった人間と一緒に立ち上げたのが、

『フォトカチャ』になる。

大輔は大学を出てから、しばらく中堅の雑誌で専属のカメラマンをしていたが、

その腕と頑張りを富永に認められ、『スカッシュ』の契約カメラマンとして、

仕事をするようになった。しかし、昔ほど、売り上げを伸ばせなくなった雑誌社は、

『フリー』の人間との付き合いを減らす方向で動いていたため、

大輔の仕事も、以前ほど入らなくなった。

そこに、富永から連絡をもらい、空いている時間の活用という話をもらう。

それが『フォトカチャ』の仕事だった。

幼稚園や保育園。そしてピアノの発表会など、

『フォトカチャ』は、主に子供たちを被写体としている。

子供という課題に対し、大輔は始め、あまり乗り気ではなかった。

長い間、緊張感のある写真を撮っていただけに、どこか格を下げた気がしてしまう。

しかし、富永は、そんな大輔に、人には『表と裏』があることを話し、

思いっきり『表』の部分を表現して見せろと言い始めた。



『心の奥まで切り込むことも大事だけれど、
思い切り嬉しいと笑う顔を撮るのも、意味があるんだぞ』



富永にそう諭され、仕事を重ねるたびに、大輔は思いがわかるようになっていた。

同じように見える子供の笑顔にも、それぞれ深さも強さも、存在する。


「はい、みんな。とってもいい笑顔です。このまま公園まで頑張るぞ!」


陽菜のかけ声に、子供たちはニコニコの笑顔で、『オー』と小さな拳をあげる。

大輔はバスの中からその姿を捉え、思わず微笑んだ。





写真を撮って欲しいと言われているポイントが数箇所あり、

大輔たちは先回りをしながら、そのポイントで、子供たちの笑顔にシャッターを切った。

恥ずかしそうに下向き加減の子供がいたり、思い切り顔をレンズに寄せてきて、

列を乱したと先生に怒られる子供がいたり、なかなか忙しい。

それでも、幼い頃よく聞いた童謡が聞こえ、一番後ろを歩く『りす』組が、

大輔の前を通っていく。


「ほら、みんな。こっち向いて」

「あ……カメラさんだ」


子供たちの笑顔と、無邪気さを撮った大輔は、

その中にいる陽菜の笑顔も、レンズに納めていく。

だらだらと続く山道にも、子供たちは根をあげず、頑張って公園まで到着した。

天然の芝生と、柔らかそうな土のある場所で、お昼ごはんにしようという声がかかる。

子供たちはそれぞれが場所を選び、ピンクや黄色、色とりどりのシートを広げ、

お母さんが作ってくれたお弁当を広げ始めた。

大輔は、カメラを持ち、バスで一緒だった子供たちの食事風景を、

撮り忘れのないように、シャッターを切った。


「ふぅ……」


子供たちの食事が終わり、しばらくそこで自由時間となった。

大輔はカメラを横に置き、芝生の上にあった大き目の石を背もたれにし、

少し休憩を入れる。レンズをカメラから外し、また別のレンズを取り出すと、

それをカメラにつけ始めた。


「あの……」

「はい」


大輔に声をかけてきたのは、陽菜と小さな女の子だった。

大輔は、何かありましたかと、姿勢を正す。


「はい、舞ちゃん、なんていうのかな」


陽菜は、隣に立つ女の子に声をかけた。女の子は、小さく頷く。


「お兄さん、ご飯は食べましたか?」


舞ちゃんと言う、『年中組』の女の子は、以前、大輔が幼稚園を訪れた日、

扉を開けるにはこっちだと、指で教えてくれたあの女の子だった。

一緒に来た陽菜は、この舞ちゃんが、大輔がお昼ご飯を食べていないのを見て、

自分が持ってきたお菓子を分けてあげたいと思っていることを、隣で解説する。


「『まい』ね。お菓子、たくさん持ってきたから、あげる」


大輔に向かって、小さな手が伸びてくる。

大輔は、素直にもらっていいのだろうかと、陽菜を見た。


「ぜひ、もらってあげてください」

「あ……はい。どうもありがとう」


舞ちゃんは嬉しそうに『どういたしまして』と頭を下げると、

大輔の手のひらに、小さなクッキーを5つ乗せて、その場を離れていった。

大輔は、右手の中にあるクッキーをひとつ口に入れる。

甘いバターの香りが広がった。


「これ、おにぎりですけど、よかったら」


陽菜は、今、もう一人のカメラマンにも渡してきたと、

おにぎりが2つ入った、簡易ケースを大輔に差し出した。


「いや、いいですよ」

「カメラマンとして遠足に着いてくると、写真がメインですから。
なかなか食事をする時間もないだろうと思いまして」


大輔は、仕事を終えてから何か食べようと考えていたことを話す。

陽菜は、それも当然わかっていると何度か頷き返す。


「すみません、女の子っておませなところがあって、
カメラマンさんが食べていないことに気付くと、お弁当がないのではとか、
結構気にするんです。そうなると、舞ちゃんのように、
お菓子をわけてあげたいと自分が我慢したりして。
それももらいにくくなるでしょうし。おにぎりなら隙間に食べられるでしょ。
これは私が余分に持ってきたものですから、ひとつだけでも園児の前で食べてください」


陽菜はそういうと、子供たちと遊んできますと、大輔の前を離れていく。

大輔は、手のひらに乗せてもらったクッキーを食べ終えると、

陽菜が寄こしたおにぎりの箱を開ける。



『子供たちの笑顔、たくさん撮ってくれて、ありがとうございます』



幼稚園の先生らしい、カラーの厚紙に、ちょっとしたイラストと、

メッセージ入りのおにぎりだった。

大輔は、その場からカメラを構え、遊んでいる子供たちの顔や、

一緒にはしゃいでいる先生たちの顔を見る。

今、おにぎりをくれた陽菜も、『だるまさんがころんだ』をするグループに入ろうと、

鬼になっている子供の代わりを担当する。


「はるな先生が、鬼だからね」


頭の上に指で角を作った陽菜を見た園児たちは、

『キャー』と楽しそうな声をあげて、その場所から逃げていく。


「表の顔か……」


大輔はそういうと、陽菜がくれたおにぎりのラップをひとつ取り、

丁寧に開くと、それを食べ始めた。



【4-1】

それぞれの恋の色を塗っていくと、そこに見える『Color』は……
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