8 秘密を知り戸惑うとき 【8-2】

【8-2】

陽菜は、司の前に座る女性を見た。

有名な『ビューティークール』院長の娘、茶山樹里。

スプリングコートも、値段がいいと一目でわかるくらいだったし、

イヤリングも小振りだけれど、光り方が違う。


「なんだか樹里さんとこんなふうに向かい合うのは、緊張しますね」


司は、そろそろ試験ではないですかと、下向き加減の樹里に尋ねた。

樹里は、どうにでもなりますからと、少し斜めな答え方をする。


「そういうわがままはなしですよ。こうした席を持ちたいと望まれたのは、
樹里さんの方でしょう」


司は、隣に座る陽菜のことを、『自分の恋人』だと、そう紹介した。

陽菜は樹里に向かって頭を下げる。


「赤尾陽菜です。幼稚園の先生をしています」

「幼稚園の先生ですか」

「はい。毎日子供たちと疲れるまで遊んでいますよ」


陽菜は、そういうと、樹里さんは将来お母さんの跡を継ぐのかと尋ねた。


「いえ、私は経営に興味がないですから」

「そうですか」

「では、樹里さんは何を」

「何も考えていません」


不満そうな態度は変わらなかったが、さすがに相手を連れてきたと言われ、

まさかそれが『擬似』だとは思いもしなかったのだろう。

樹里は、現実を認めようと少しずつ顔を上げ、司と陽菜に話しをし始める。


「私、同級生が子供にしか見えなくて」

「子供?」

「そうです。何をしてもゲラゲラ笑って。芝生の上でも平気で寝転がって。
で、ゲームの話をしたり、テレビの話をしたり。かと思うと大きな夢ばかり語って」


樹里は、自分は一人娘で、わからないことが多いから、司のように大人の男性と、

余裕のある恋愛がしたいと思っていたことを、話し続ける。

司は、樹里の話を聞きながら、僕もそうでしたよと笑う。


「僕も、今、樹里さんが言っていた、『ガキ』でしたよ」

「エ……」

「大学時代は、隙があれば教授の授業から抜け出して、友達と芝生で寝転がったり、
屋上に入り込んで、勝手に日焼けしたり。行く予定もない世界一周旅行のことを、
考えてみたり……」

「世界一周ですか」

「はい。季節を考えて、どこからスタートするのが一番いいのかなんて、
色々想像していました。今思えば、何をしていたんだとそう思います。
男って本当にガキですからね」


司は、隣に座る陽菜に対して、そういうことを考えたことがないかと、尋ねた。

陽菜は世界一周はないと、笑みを浮かべる。


「樹里さんからしたら、今ここにいる29歳の私は、大人に見えるのでしょう。
でも、同世代のヤツから見たら、きっと、今も『ガキ』のようなところがあるはずです。
おもしろいことがあると、ゲラゲラ笑いますし。くだらないことにこだわって、
失敗することも……うん……男は多分、一生そういうものですよ」


司の言葉を聞きながら、陽菜は自分の大学時代を思い返した。

大学生活に慣れていく中で、真帆や有紗、そして瞬と出会ったこと。

一緒にいられることがとにかく嬉しくて、何を差し置いても、瞬との時間を作り続けた。

借りた車で海を見に行ったこと、24時間空いているファストフードの店で、

電車が始発になるまで、時間をつぶしたこと。

これからもずっと、こんな時間が続くと信じていたこと。


「私を好きになってくれた経験が、樹里さんのこれからに、役に立つといいですが」

「緑川さん」

「樹里さん。私は、あなたの相手ではありません。それだけは申し訳ないが……」


司はそういうと、樹里に微笑みかける。

最初こそ、下を向きどこか斜めに構えていた樹里だったが、

最後は陽菜と司に、『お幸せに』という挨拶をしっかりとしてくれた。

『擬似カップル』の大舞台は、失敗なく終了を迎える。



「コーヒー、頼みましょう」

「はい」


司が樹里のいた席に移動し、あらためて陽菜と向かい合った。

食事をした食器は片付けられ、二人の前にカップが並ぶ。


「ありがとうございました。本当に助かりました」

「いえ、失敗なく終了してほっとしてます」


陽菜はそういうと、両手で胸を押さえてみせる。


「またまた、余裕でしたよ。あぁ、これからもこういうことがあったら、
赤尾さんに頼もうと、思うくらい」

「これからって、どういうことですか」

「いえいえ」


司は冗談ですよと笑う。


「学生の頃って、確かに、あんなふうに少し背伸びしようとしていたなって、
俺、樹里さんの言葉を聞いて、思い出しました」

「あ……私もです」


陽菜も、自分の学生時代を思い出していたと、照れ笑いする。


「赤尾さんの学生時代か……もてたでしょう」


司はそういうと、『違いますか』という顔で陽菜を見る。


「緑川さんに言われたくないですよ。私はもてません。もてたのはあなたでしょ」


陽菜は、最初からそう思っていたと、言い返す。


「はい、俺はもてましたよ。どうしたらいいのかわからないくらい」

「あれ、それを自分で言いますか」

「言いますよ。だって、ウソをつく方がいやらしいでしょ。
でも、そんなこと何も意味がないって、今となると痛感します」


司はそうつぶやくと、コーヒーに口をつける。

陽菜は、ミルクを中にいれ、軽くかき回した。


「数なんてあっても、何もならない。本当に欲しいものが手に入らなければ、
何もないほうが、よっぽど楽です」


司は、そういうと、30代を前にして、すでに疲れているなと笑い出す。

陽菜は真帆や有紗に言えない思いが、この司になら通じるだろうかとふと考えた。



【8-3】

それぞれの恋の色を塗っていくと、そこに見える『Color』は……
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