9 あの人にいつか来る日 【9-2】

【9-2】

突然舞い込んだ仕事を終えて、大輔は日付が変わる頃、アパートに戻った。

ポストには、どうでもいいようなちらしと、近くのクリーニング店が新装開店なので、

この1ヶ月以内に使える割引券が入っていた。

大輔は全てを手でつかむと、ポストの下に、

大家がいらないちらしや紙を入れるために置いている、大きなカゴの上に入れる。

ポケットに入れたカギを取り出しながら、部屋の前に立ち、

カギを開け、ドアノブをひねると中に入った。

カメラやレンズなどの入ったバッグをテーブルの上に置き、

とりあえず畳の上で寝転がる。

天井を見ていても、何も変わりがないのだけれど、今日はすぐに風呂へ入ったり、

缶チューハイなどを飲む気持ちには、なっていかない。


『山吹有紗』


先輩の『結婚式』で偶然知った相手であり、一度飲み会を開いた。

だからといって、その人の生活がわかるわけもないし、

決め付けるのはよくないのもわかっているけれど、大輔には、やはり、

有紗が個人的に灰田と待ち合わせをし、夜の街に消えていったとしか思えなかった。

宮石に言わせて見れば、有紗は『その他の女』になるわけで、

その情報を信じるとすれば、時間を重ねていくことに意味などないのではないかと、

考え始める。


「はぁ……」


この商売は口が堅くなければ、成り立たない。

実際、『フォトカチャ』の富永が、宮石に自分を推薦してくれた。

たとえ、これから先、何を見ても、何を知っても、有紗に伝えることなど、

あってはならないことだった。

大輔はしばらく天井を見続けていたが、外で救急車のサイレンが鳴り響く。

このまま眠るわけにはいかないと、やっと立ち上がった。





次の日の朝、大輔の携帯が揺れたため、ベッドの中からとりあえず相手を確認した。

もしかしたら宮石ではないかと思ったが、相手は文乃になる。

留守番メッセージが流れそうになったが、

そうなるとまた何度も連絡を寄こしそうだったので、通話ボタンを押す。

明らかに眠気の強い返事をすると、文乃からはわざとかと思えるくらい、

元気な声が聞こえてきた。

大輔は、今何時だと思っているのかと言おうとして、外の明るさに言葉を押し込める。


『大輔、今日か明日、こっちに来られる?』

「何、姉ちゃんの寮ってこと?」

「そう」


文乃は色々と渡したいものがあるからと言い、昨日の出来事など何も知らないため、

早く起きて仕事に行きなさいと、インスタントな説教をする。

大輔が、昨日遅くまで仕事だったから、今日は行かないのだと説明すると、

それならば今日の午後、顔を出してくれと、勝手に予定を決定した。


「今日?」

「そう。だって、ひまなんでしょ」

「ひまじゃ……」


そんなことはないと言おうとしたが、とにかく今の状態を脱したい一心で、

大輔はわかりましたと答えると、そのまま通話を切った。

携帯を枕の横に置くと、また日差しが届きそうになる顔部分を、布団で覆う。

部屋の前を、廃品回収の業者が通過していく。

不要なものはございませんかというアナウンスは、だんだん小さくなりながらも、

数分間、大輔の耳を刺激し続けた。





「はい、五目麺」

「なぁ、祥太郎」

「何?」

「俺、どうしてここに呼ばれたわけ?」


その日の昼、祥太郎は話があると、司を呼び出した。

営業マンであるため、比較的自由に行動が取れるけれどと、

司は読みかけのスポーツ新聞を閉じ、カウンターの横に置く。


「あのさ、俺、電話したほうがいいのかな。どうですかって」

「……誰に」


司は箸たてから割り箸を取り、二つに割る。


「誰にじゃないよ。黄原さんだよ」


祥太郎は、そう答えながら手際よく餃子の鉄板に水を入れ、蓋をした。

美味しそうな匂いのする湯気が、厨房から司の鼻に届き始める。


「あぁ、うまそう、餃子。俺も頼めばよかったか」

「なぁ、司、どう思う」

「どう思うって……出来たら電話くれとか、お前、言ってなかったか?」


司は、五目麺に乗っていたうずらの卵を、まず口に入れた。

あんかけの中から箸で麺をすくうと、少し冷めるように息を吹きかける。


「そう、俺、確かに言った」

「で、電話あったの?」

「いや、ない」

「だったらさ……」

「今、思ったらさ、ずうずうしいよな。自分で勝手に書いた計画書。
見直してくれだなんてさ……」

「何を今さら言っているんだ」


祥太郎のつぶやきを聞きながら、司は麺をすすり始めた。

『華楽』の扉が開き、どこかで工事をしている作業服の男性が2人、

店の中に入ってくる。祥太郎の母、圭子はすばやくお冷を2つ入れると、

テーブルに座った客から、注文を聞く。


「俺はさ、理論的にどうなのかくらい、見てくれればそれでよかったんだけれど、
もしかしたら、黄原さん、あれこれ細かく考えてくれているとか」


祥太郎は、蓋を開けると、ヘラで餃子をすくい、皿に入れた。


「祥太郎、あちらのお客様2人、『しょうが焼き定食』ね」


注文を聞いた圭子は、祥太郎から餃子を受け取り、注文者のところに運ぶ。


「細かくかぁ……かもしれないな、元、信用金庫だって言っていたし」

「まずかったな、それは」

「まずい?」

「申し訳ないだろう。黒木さんはずうずうしいなと、きっと……」


祥太郎は、フライパンで、2人分の肉と玉ねぎを炒め始める。

餃子の匂いの上に、玉ねぎの甘い香りが加わった。



【9-3】

それぞれの恋の色を塗っていくと、そこに見える『Color』は……
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