9 あの人にいつか来る日 【9-4】

【9-4】

文乃は、カステラをテーブルに置く。


「司君も、祥太郎君も元気?」

「うん」

「そう……」


文乃の脳裏に、あの日のことが蘇りそうになるが、他のところに視線を移し、

消し去る努力をする。


「姉ちゃん、これ何」


立ち上がった大輔が見つけたのは、先日、金田ハルから受け取った、

息子、信也の紹介メモだった。お見合いは結構ですと断ったものの、

人の情報が書いてある紙を捨ていいのか迷っていて、その後、

そこに置いたことも忘れていた。


「金田信也……って」

「入居者の方の息子さん」

「愛想のない息子ですが、人柄は大丈夫だからって……どういうこと」


文乃は、大輔が来る前に処分しておくべきだったと思うが、

こうなったら誤魔化すわけにはいかないと、カステラを切り始める。


「一度会ってみないかって言われて」

「会う? この息子さんと?」


大輔は、それは『見合い』のようなものかと、文乃に尋ねる。


「まぁ、そんなに大げさなものではないけれど、心配になるのよ。
息子さんが真面目に仕事ばかりしていて、結婚する予定もないとね」

「仕事、何している人」


大輔は、メモを見ながら、そう尋ねる。


「いいじゃない、別に」

「よくないよ。もしかしたら見合いするかもしれないだろ」


文乃はしないわよと言いながら、

金田家は、都内に10店舗『イタリアンレストラン』を経営していると話した。


「レストラン?」

「うん……経営は長男の方が仕切っていて、次男の方は料理人のトップなんだって。
だから、なかなか出会いがなくってって……」


文乃は切り分けたカステラをお皿に入れ、大輔の座っていた場所の前に置く。


「出会いね……」

「ほら、もういいでしょ」

「まぁ、心配になる気持ちは俺にもわかる。姉ちゃんにも出会いがないし」


大輔はそういうと、元の場所に座り、

文乃がくれた、お酒の瓶に貼り付けてある蔵元のシールを見始める。


「私のことは気にしなくていいと、何度言わせるの」

「気にしなくていいわけないだろう。年のことは言いたくないけどさ、
俺より姉ちゃんの方が3つ上なんだぞ。それに、姉ちゃんには幸せになって欲しいと、
俺も……そう、司や祥太郎も思っているよ」



『ずっと好きでした……』



「私は、今、幸せだって」

「ウソ言うな。毎日、仕事か寮か、そんな生活していて何が幸せだよ。
介護の仕事に文句を言っているわけではないけれど、この環境じゃ、変化がないよ。
お見合いがどうのこうのっていうより、きっかけがさぁ……」

「きっかけなんて、今いらないから」

「姉ちゃん……」

「今は……何もいらないの」


文乃はそういうと立ち上がり、夕飯食べていきなさいと大輔に言う。

大輔は、姉の気持ちがわかりきれないまま、『うん』と小さく返事をした。





大輔は、文乃からもらったお酒を渡すために、祥太郎と司にそれぞれ連絡を取った。

どうせなら、食べながら飲める場所と思い、『華楽』を使おうと考える。

文乃の寮と、『華楽』はそれほど離れていないので、

大輔は瓶を持ち、その日のうちに店を訪れた。

扉を開けると、祥太郎と母親が出迎えてくれる。


「新潟の蔵元か。うまそうだね、これ」

「だろ。だからさ、店の営業時間を少し早く終わりにしてもらって、
その後、3人で飲めたらなと。司を呼び出して渡すのも面倒だし」


大輔はそういうと、ここに瓶を置いて帰ると言い始める。


「なぁ、大輔。俺さ、ものすごくいい提案があるんだけど」

「ものすごくいい提案? なんだよ、逆にいやな気がするけれど」


祥太郎の提案は、『結婚式』であったメンバーで、

この3本のお酒を飲もうというものだった。


「あの6人? ここでか」

「うん。実はさ、俺と司は、前に黄原さんと山吹さんに会ったんだよね」


祥太郎は、真帆が元信用金庫に勤めていたことを知り、

頼みごとをしたのだと話しだす。

しかし、大輔の耳には、『山吹有紗』の名前の方が、印象に残った。

灰田とタクシーで消えた瞬間の笑顔は、昨日の今日なので、すぐに思い出せる。


「あ……そうなんだ」


大輔は、あまり表情を変えずにそう答える。


「あれ? お前、呼ばなかったこと、怒ってる?」

「……は? いや、そんなことないって。変な気をつかうなよ」


大輔はそういうことじゃないんだと、祥太郎に言い返す。

祥太郎も冗談だよと笑い、ちょうどよかったと酒の瓶を横に置いた。



【9-5】

それぞれの恋の色を塗っていくと、そこに見える『Color』は……
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