10 愛想笑いと冷静な目 【10-3】

【10-3】

「ねぇ、うちにつれて来なさいよ。全身バッチリ磨いてあげるから」

「……全身?」

「そうよ。エステだもの、はい」


院長はポケットから『ホワイトパール』の加工がされた1枚のカードを取り出した。

『ビューティークール』に通う女性たちが、憧れる『ホワイトパール』のカード。

司は、そのカードに書かれたローマ字を確認する。


「あの……」

「HARUNA AKAO……でしょ。樹里に聞きました。これを持ってきてくれたら、
うちのチェーン店全てで最高のおもてなしをするっていう特別なカードよ。
本来なら、うちのお試しコースで経験済みの方とか、アンケートがどうのとか、
制約があるけれど、緑川さんのお相手ですもの、そんなもの吹っ飛ばして特別扱い」


院長は、料金はもちろんいらないからと司の前に押し出してくる。


「いえ、これはいただけません。
そんなつもりで樹里さんと会ってもらったわけではなくて」

「わかっているわよ、もちろん。これは完全に私の気持ち。
娘が大好きになった緑川さんの、大切なお相手だもの。
本来なら、わざわざ会ってもらうこと自体、失礼なことでしょ。
それをきちんと娘と会ってくれて……。あなた同様、
これからもうちとご縁がありますようにと思って」


茶山院長はそこまでくると、書類に目を通し、サインをし始めた。

司は、その場にカードを残すわけにはいかず、

申し訳ないという思いを込めて、ありがとうございましたと言いながら受け取っていく。


「全国どこでも、大丈夫だからね……緑川さん」


院長の言葉に、司はもしかしたらまだ、疑われているのかもしれないなと思いつつ、

精一杯の笑みを浮かべて見せた。





そして、『華楽』での飲み会の日がやって来た。

仕事が終わり、1番最初に到着したのは、距離の関係もあり真帆だった。

祥太郎は、厨房に入ったまま、出迎える。


「いらっしゃい」


真帆は頭を下げた後、他に誰かが来ていないかと店の中を見る。

他の客の姿も、メンバーの姿もない。


「すみません、私、早すぎましたか」

「そんなことないですよ、気にせずに」


それから10分後に大輔が到着し、店の前に『本日貸切』という紙を貼り付ける。


「なぁ、祥太郎。この『貸切』ってオーバーじゃないのか?」

「オーバーかな。だって『貸切』だろ」


そこからは店のテーブルを少し動かし、6人が座れる場所を作っていく。

その間に陽菜が到着し、そのすぐ後に有紗がやってきた。


「こんばんは」


有紗は会社の近くにおいしい『洋菓子』の店があるので、

食後のデザートに買ってきましたと、プリンの入った箱を出す。


「それと、一緒に入っている『フルーツケーキ』は、ご両親に」

「あらまぁ……」


祥太郎の母は、すみませんとその箱を受け取り、とりあえずプリンは冷蔵庫に入れる。


「女性陣としてのお土産です」


有紗は、そばにいた真帆と陽菜の肩を抱き、3人だということをアピールした。

祥太郎の母は、あらためてそれぞれに頭を下げてくれる。

有紗は、そんなご丁寧に大丈夫ですと、

自分の発言で逆に大変なことをさせてしまったと、祥太郎の母に謝罪した。


「おい、ここに置くぞ」


最後に登場した司は、祥太郎に言われたとおり、

赤と白のワインを用意し、カウンターに置いた。

そして、その隣にはそもそものきっかけ作りをした、大輔の持ち込んだ日本酒が並ぶ。


「あ……これ、知っています」

「何、有名なの?」

「はい。以前、出張に行った先輩が、お土産で買ってきてくれて。
とっても美味しいんです」


有紗は、隣に立った司に、口当たりがとてもいいのだと、日本酒の説明をし始めた。

真帆は祥太郎が作った料理を、テーブルに運び、陽菜は小皿をその近くに並べていく。


「どなたか新潟に出張?」

「いや、これは大輔のお姉さんがくれたもの」

「お姉さん?」


有紗の視線に、大輔は、姉の文乃が『アプリコット』という介護施設で、

仕事をしているのだと話しだす。


「介護の……」

「うん。そういう仕事をしていると、お世話になったからと、入居者の家族が、
たまに贈り物をしてくれるときがあるんだって」


大輔の話を聞きながら、司は、文乃がよこした日本酒の瓶を見る。

大学時代、大輔と文乃が暮らす部屋へ行き、お酒を飲んだこともあった。


「いいんですか? 私たちが飲んでしまって」

「本人は酒が飲めなくて。でも、相手は蔵元でしょう。
これを贈るのが一番だと、そう思ってくれたものだからって」

「へぇ……」


大輔の言葉に、司は昔から料理を作ってくれるだけで、

お酒を飲まなかった文乃のことを思い出す。

それでも、出来る限りその場所に付き合い、

騒いでは部屋で眠ってしまう自分や祥太郎を、いつも受け入れてくれた。

夜中に気付くとかけられていた毛布や、綺麗にたたまれた上着、

行く回数が増えたので、バスタオルも専用のものを作ってくれた。

有紗は司の横に立つと、日本酒の瓶を1本手に取る。

司は、有紗の手が視線に入ったことで、思い出に向かっていた気持ちを現実に戻した。



【10-4】

それぞれの恋の色を塗っていくと、そこに見える『Color』は……
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