11 子供と親の微妙な距離 【11-2】

【11-2】

『会いたいから、店においで』



こんな直接的な誘いのメールが、瞬から陽菜宛に届くようになった。

陽菜は、今までどこか自分を隠そうとしていた瞬が、

まっすぐに文章を打つようになったことが嬉しくて、

仕事の帰りに『ミラージュ』へ立ち寄ることが増えた。

陽菜にとって、今まで『ミラージュ』で過ごしていた時間は、

もやもやした気持ちを抱え、お酒で紛らわせていた消化不良のものだった。

しかし、今は、カウンターの中に立ち、注文を受けて店を仕切る瞬を見ていることが、

楽しいと思えるようになっていく。

それでも、従業員の前で親しい姿を見せるわけにはいかず、

陽菜は先に店を出ると待ち合わせの場所へ向かい、瞬の仕事が終わるのを待った。

しばらくすると、瞬が小走りで店に向かってくるのが見える。


「少し、早くない?」

「いいんだ。今日はマネージャーがいるから」


瞬は予定よりも早く待ち合わせ場所に到着し、陽菜と食事をすることになった。

幼稚園に勤める陽菜は、次の日も朝から仕事があるため、

あまり遅い時間まで過ごすわけにはいかず、

食事会もだいたい1時間くらいで、また次の日ということになる。


「義父さんの具合は、どう?」


陽菜は、聞いていいのかどうか迷いながらも、思い切って口に出した。

自分たちの時計を進めるためには、ここが動かなければ話しにならない。


「ん? うん。もう少しで退院できる。昨日、純香が言っていたから」

「そう……」


陽菜は、そこから始まるだろう話し合いに対し、純香という瞬の妻が、

どういう態度に出るだろうかと、心配になる。


「陽菜」

「何?」

「陽菜が思い悩むことはないよ。この間も言ったけれど、これは俺の問題だ。
純香を選んだのに、それではダメだと思ったのだから」


瞬はこうして会うときには、昔のように笑っていて欲しいと、陽菜に告げる。


「うん……」


陽菜は、『不倫』という現実に、罪悪感を感じながらも、

自分がしっかり前を向くことが、瞬を助けることなのだと信じ、

デザートは何にしようかと尋ねた。





日本酒の飲み会から5日後、真帆は『滑川自動車整備』に向かった。

最初にお願いしていたトラックにプラスして、2台急遽整備を頼むことになったため、

今回は電話だけではなく、書類を持って出向くことになる。

それは真帆にとって、幸運とも言える出来事だった。

祥太郎から店と家の改築について相談された後、

以前、世話になっていた信用金庫の先輩に、アドバイスをお願いしたが、

そこからまた話が発展し、今、銀行業界全体が、

こういった話に好意的な態度を見せるはずだという、内部事情まで教えてもらう。

個人経営の店でも、建物と土地が自分たち名義なら、相当の確率で、

ローンを組めることは間違いなく、その情報を持ち、真帆は仕事の後、

『華楽』を訪れようと決めていた。

『近くまで来ましたから』と言って、『滑川自動車整備』の封筒を見せれば、

祥太郎にそれほどプレッシャーをかけることもない。


「わざわざすみません、原田運送さんにここまで来ていただいて」

「いえ、今回は、本当にこちらの都合でお忙しいスケジュールを組んでもらうことになり、
申し訳ないと思っていますので」

「何を言っているんですか。これだけ長くお付き合いいただいているのですから」


工場長の滑川さんは、いつも気さくに笑い、真帆を受け入れてくれる。

電話の声と、実際のイメージは違うねと言いながら、汗をタオルで拭いた。


「あれ? 社長。私のイメージ、どう思われていたのですか?」


真帆はそういうと出してもらった麦茶に口をつける。


「黄原さんは、電話口でもてきぱきしていて、隙がないように思っていたからさ、
こうしてお会いしてみると、とってもかわいらしいというか……」

「かわいらしいって、もう30に近いんですよ、私」

「まだまだだよ」


社長はそういうと豪快に笑い、確かに受け取りましたと書類を机の上に置いた。





真帆は、『滑川自動車整備』での仕事を終えて、足を『華楽』へ向けた。

道を歩きながら、色々な店を見る。

祥太郎の店、『華楽』は大通りに面しているわけではないが、

それが逆に店の上を賃貸とするのなら、好条件になるような気がした。

仕事を終えて休む部屋と考えたら、トラックがバンバン通る道路に面しているより、

1本下がった場所にありながらも、距離は駅に近い賃貸物件は、魅力的なはずだ。

しかも、下には手ごろな値段設定の『華楽』。

独身の男性にしてみたら、冷蔵庫が部屋の下にあるようなものかもしれない。

真帆は、商店街を歩きながら、書店の前で一度足を止める。

ガラス窓に映った自分の姿を確認し、また歩みを進めた。


「いらっしゃいませ……あら、この間の」

「すみません、お忙しいところに」

「いえいえ、もう昼は終わってますよ、それほど」


店を開けて真帆にすぐ気付いてくれたのは、母の圭子だった。

真帆は、祥太郎さんはと圭子に尋ねる。


「祥太郎は今、商店街の中にいる同級生のところに行っているのよ。
すぐに戻ると思うから、どうぞ、座って……」


そう圭子が声をかけ、真帆もそれならと店に一歩踏み込んだとき、

厨房の奥から、父の明彦が顔を出した。

しかし、明彦の眉間には、深そうなしわが寄っていて、

どう贔屓目に見ても、真帆を歓迎してくれているようには思えない。

近付く明彦の姿に、真帆はその場から動けなくなる。


「おい、あんただろ。祥太郎にあれこれふっかけるのは」

「お父さん」

「あんた、銀行の回し者か」


明彦は、祥太郎をその気にさせて、

うちに多額の借金を背負わせるつもりかとまくし立てた。

真帆は突然浴びせられたキツイ言葉に驚くだけで、

反論の言葉が出ずに、その場で立ち尽くしてしまう。

圭子は奥へ入りなさいと、明彦の背中を押そうとする。


「おい、何をするんだ」

「何って……」

「お前、こんな他人に振り回されてその気になっている息子が、哀れにならないのか」

「哀れ? どうしてですか。祥太郎は店のことを考えて」

「そんなもの考える必要なんてない。何度言っているんだ。
あいつはそれなりの企業に入って、きちんと勤めればいい。こんな店、俺で終いで結構」

「お父さん」

「とにかく、あんたは帰ってくれ」


明彦はそういうと、圭子を振り切り、真帆を入り口の扉から出そうとする。


「すみません、私、そんなつもりじゃ」

「いいから帰れ」


明彦に押し出された真帆の体は、無抵抗のまま店の外に出た。



【11-3】

それぞれの恋の色を塗っていくと、そこに見える『Color』は……
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