11 子供と親の微妙な距離 【11-5】

【11-5】
『華楽』は、黒木家の大切な財産ですから』


真帆を見送った後、祥太郎は自転車を押しながら商店街を歩いた。

『華楽』は、昔から今の場所にあり、祥太郎は幼い頃から、

中華なべの音を聞き、この町で育ってきた。

腰が痛くても、父は店を休むことなく鍋を振り続けたし、

家のことをしながらも、母は店の掃除なども手を抜かずに頑張ってきた。

今まで当たり前にあるもので、考えたことすらなかったが、

確かに、年数が経った店なのに、器具も道具も年季が入っているのに、

『手入れ』が行き届いている。

店を愛するからこそ、新しいことを取り入れたいと、

必死に自分の意見を押し出してきたが、守り続けてきた人たちに対して、

ただそれだけではいけないのかもしれないと、祥太郎は考え始める。


父は、今まで守ってきたものが本当に守られるのか、それに不安があるのではないか。

祥太郎は、真帆が指摘してくれたことを何度も心で繰り返す。



『華楽』を愛しているのは、自分だけではない。



祥太郎は自転車を押しながら、前カゴに入れた封筒を見る。

真帆の笑った顔を思い出しながら、祥太郎はまた店に一歩近付いた。



祥太郎と別れた真帆も、電車に揺られながら、離れて暮らす家族のことを考えた。

物静かで我慢強い父親と、口うるさい母親の間で、

自分を押し殺して生きているような時間がイヤになり、

『安定』の象徴でもある『信用金庫』を退職した。

その選択を間違っているなどと考えたことはなかったが、

親にこのまま背を向けていていいのだろうかと、そう考える。

祥太郎に『父親と話をした方がいい』と言った手前、

真帆は、自分はこれからどうするべきだろうかと、流れていく景色を見ながら、

思い続けた。





老人ホーム『アプリコット』。

朝、入居者が目覚め食事を済ませると、

午前中には、体を動かせる人たちが集まり、それぞれの課題に取り組む時間がある。

とはいっても、激しい運動ではなく、折り紙だったり、編み物だったり、

お手玉だったりと、気軽に参加できることが多いものだが、

介護の仕事をしている文乃たちは、この時間を利用し、

入居者のベッドシーツを取り替えていた。


「あ……すみません」

「いえ」


汚れたシーツを軽くたたみながら動いていた文乃の前で、

道を開けたのは金田ハルの息子、信也だった。

文乃はすぐに『ありがとうございます』と頭を下げる。

信也は文乃の横を通り、階段を降りていく。

ハルのところに、信也が顔を出すのは珍しくないが、

以前に比べると、明らかに回数が増えていた。

文乃は運んできたシーツや枕カバーをセッティングし、

残ったものを所定の場所に置いた。枚数チェックの用紙に印をつけ、

棚にカギをかける。

引き継ぎのために事務所に顔を出すと、

スタッフが美味しそうな匂いが漂いそうなものに、引き寄せられ集まっていた。


「ねぇ、白井さん。見てみて」

「何?」


テーブルの上には、かわいらしい容器に入った『ティラミス』が並んでいる。

スタッフの話しによると、信也がハルを見舞う前にここへ顔を出し、

みなさんでどうぞと置いていったという。


「そういえば、ハルさんの息子さん、シェフだものね」

「そうそう」


甘いものは、差し入れの中でも、特に人気があった。

文乃は少し前にすれ違った信也のことを考え、

『ティラミス』の容器をひとつ取り、自分の席に座る。

社長となり、色々な人たちと会話が出来る長男とは違い、

職人気質で、愛想などあまりないけれど、

こうして人を喜ばせることが出来る腕を持っている。

文乃はハルが、『いい子』だと勧めた理由が、なんとなくわかる気がした。

スプーンがなかったので、お弁当に入れてきた箸ですくってみる。


「美味しい……」

「ねぇ、本格的ね」


文乃は同僚の意見に頷くと、また一口『ティラミス』を味わった。





『華楽』の営業時間が終了し、祥太郎はいつにも増して、積極的に片づけを済ませた。

使った調味料の液だれまできちんとチェックし、それぞれを場所に納める。

布巾を綺麗に洗い、店の裏にある干し場へしっかりと干し、店内に戻る。

少し前まで厨房にいた明彦の姿がなかったため、祥太郎もそのまま家に戻った。

明彦は、冷蔵庫から缶ビールを取り出し、晩酌を始めようとする。


「親父」


祥太郎の言葉に、明彦は一度視線を向け、また元に戻した。

聞こえていないわけではないが、顔はテレビの方に向けたまま、缶のプルに手をかける。

祥太郎は、厨房での作業着を脱ぎ、明彦の前に座った。


「親父……」

「なんだ、聞こえている」

「俺に、うちのメニューの基本を、もう一度しっかりと教えてください」


祥太郎はそういうと、明彦に向かって頭を下げた。



【11-6】

それぞれの恋の色を塗っていくと、そこに見える『Color』は……
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