14 こぼれ落ちる苛立ちの涙 【14-2】

【14-2】

「それでは、お願いします」


大輔が『アプリコット』に来ていたことを知らない文乃は、

入居者の男性に付き添い、『西岡総合病院』の救急受付で事情を説明した。

幸い、救急車の中で、処置はある程度出来たため、

安定するまで入院しましょうということになる。

家族には、施設の方で連絡を取ってくれることになっていたので、

文乃は入院を確認すると、医師や看護士に頭を下げた。

エレベーターを待とうと前に立ったとき、

文乃は自分が以前、見かけた風景の中に立っていたことに気付く。

その瞬間、一人の声が蘇った。

文乃が山で事故に遭い、入院した病院は別のところだったが、

その後、リハビリをしなければならないことがわかり、

その施設が充実していると紹介されたのが、この『西岡総合病院』だった。

文乃は、エレベーターで降りることをやめ、その横にある階段から下へ向かう。

2階の廊下を進んでいくと、一番奥にリハビリルームがあった。

すでに、今日の時間は終わっているのか、部屋の扉は閉まっていたが、

大きな窓から、中の器具が置かれた様子は、しっかりと見える。

椅子に座り、足に重石をつけて、何度も上げ下げしたこと、

平行棒につかまりながら、まっすぐに歩く練習をしたこと、

マットの上に寝転がり、痛みの残る関節を、療法士に動かしてもらったこと。

そして、そのリハビリを、いつもそばで見つめ、応援してくれた人の声が、

この場所に立ったことで、鮮明に蘇ってくる。



『文乃さん、昨日よりまっすぐになっている』

『そう?』

『なっているって。大輔に報告しないと』



営業マンだから、外に出ている時間が長いから、病院は自分の営業先だからと、

いつも顔をだしてくれたのは、司だった。

あの当時、ここに司が来ることが、文乃にはどこか当たり前のことになっていた。

さらに、文乃は人よりも朝早くからリハビリをこなし、司が来たときには、

これだけ歩く距離が伸びたと、日々、報告するつもりにもなっていた。

しかし、ある日、カーテンを開けて姿を見せたのは、和臣だった。

苦しい場所に立つ自分を捨て、新しい人生を歩むと決めたくせに、

必死に1歩を出そうとしている自分の前で、平然とやり直せないかと言ってきた男。

その時、文乃は、自分の気持ちが和臣に会えた嬉しさよりも、

ここに現れたのが司ではなかったことに対する不安の方が、

大きかったことも思い出す。



『文乃さん……』



文乃は薄暗いリハビリルームに背を向けると、階段を下りる。

病院には、また1台の救急車がやってきて、慌しい看護士の動きが目に入った。





「はい、注文された春巻きとシュウマイ」

「うん」

「で、これが、祥太郎自信作の『五目チャーハン』2人前」


祥太郎は、これだけ持っていけば、すぐに夕食が食べられると、笑ってみせる。


「じゃ、支払い」

「いいよ、春巻きとシュウマイ分はもらった」

「でも」

「これは文乃さんへ」


祥太郎は、世話になってきた分、これから少しずつ恩返しをするからと、

腕まくりをする。


「恩返しで腕まくりってどういうことだよ」

「どういうもこういうもないよ。本当ならここに食べに来て欲しいところだけどね」


祥太郎は、うちの親子関係がうまく行き始めたらと笑ってみせる。

大輔は、それなら遠慮なくと言いながら、ビニール袋の口をしっかりと結ぶ。


「大輔」

「ん?」

「司と文乃さんが、もう一度会えるように……俺からも頼む」


祥太郎は、厨房の中からそういうと、大輔に頭を下げる。

大輔は『わかっている』と頷くと、『華楽』を出た。





「美味しそう」

「しそうじゃないよ、うまいって。この間、姉ちゃんからもらったお酒で飲み会した時、
大好評だった。祥太郎の腕、どんどん上がっている」

「そう……」


大輔があらためて『アプリコット』に向かうと、文乃はすでに仕事を終えて、

寮に戻っていた。まだ温かさの残る料理を、テーブルに並べる。


「よかった。大輔が来るって言ってくれたから、何か作るつもりだったのに、
急に予定が変わってしまって。祥太郎君にお礼を言わないと。
これだけあったら、後は野菜でも切れば十分」

「うん」


大輔は、台所に向かった文乃の背中を見る。


「姉ちゃん、救急車で運ばれた人、どうだった」

「うん、大丈夫よ。持病がある人だから、何かあったらすぐに病院へって、
いつもご家族から言われているの。でも、救急車の中で隊員の質問にも、
頷いていたし。そう、あの時大輔来ていたんだってね。
戻ってきたら教えてもらって。出直させて悪かったなと」

「いや、そんなことはいいんだけどさ。まぁ、大変なことにならなかったのなら、
よかったよ」


大輔は出してもらったお皿に、料理を入れていく。

文乃がサラダを作ったので、そこから夕食になった。

食事は進み、文乃は祥太郎の腕は本物だと、笑う。

大輔は、文乃の食事がほぼ終わるのを確認し、話を切り出すことにする。


「姉ちゃん」

「何?」

「俺さ、今日は話があってきたんだ」

「あぁ、うん。何の話?」

「うん」


大輔は、目の前に座る文乃の顔をしっかりと見た。



【14-3】

それぞれの恋の色を塗っていくと、そこに見える『Color』は……
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