14 こぼれ落ちる苛立ちの涙 【14-3】

【14-3】
いつもと違う大輔の雰囲気に、文乃もどうしたのかと、不安げな顔を見せる。


「どうしたの、仕事のトラブルがあった?」

「いや、違うよ」


大輔は、そんな顔をしないでくれと、苦笑する。

文乃は『うん』と頷きながらも、やはり不安の気持ちは隠せない。


「俺さ、姉ちゃんが急に前の仕事を辞めて、この仕事を見つけたとき、
どうしてそんなことをするのか、意味がわからなかった。前の事務員だって、
きちんと給料をもらえていたし、どうしてわざわざって……」


文乃は、突然飛び出してきた過去の話に、

大輔が、何かを知ってしまったのかもしれないと前を見る。


「司から、話を聞いた」


大輔は、文乃に見合い話があるということを知った司が、

どうして、文乃がこういう選択をしたのかという過去の話を、

自分にしてくれたと言った。文乃は、あの日の出来事を思い返しながら、

あの全てを大輔が知ったのかと、黙ったまま下を向く。


「あいつ、『華楽』の座敷で土下座して俺に謝った。自分のせいで、
姉ちゃんがこういう仕事を選択してしまったって、そう……」



『ずっと……好きでした』



文乃の脳裏に、司の声が蘇る。


「俺、何でもっと早く言わなかったって、司を責めてしまったけれど、
でも、あいつはあいつなりに、申し訳ないという思いが強くてさ、
ここまで引っ張ってしまったって」


大輔は、あの頃は生活に余裕もなく、

自分のことばかりしか考えられなかったと、文乃に頭を下げる。


「もっと俺が、色々と……」

「大輔」

「何?」

「司君が悪いわけじゃないから。どう話したのかわからないけれど、
それだけは言っておく。悪いのは……私だから」

「姉ちゃん」

「私が、司君に甘えてしまったのが悪いの。大学時代から知っていて、
大輔の友達で、遊びによく来てくれたから、どこか身内のような思いがあって。
そう、私が悪いの。和臣が来たことも知ってくれたり、リハビリで大変だったことも、
知ってくれていたから、つい、こう……情が……」


文乃は、立場も考えず、甘えてしまった自分のせいだと、そう首を振った。

ゆがんだ時間を作ってしまったのは、態度をハッキリさせていなかった自分が悪いと、

文乃は、思い出しながら語り続ける。

大輔は、文乃の言葉を聞きながら、その表情を確認する。


「姉ちゃん、司が一度会って欲しいって言うんだ。謝りたいって」

「出来ない」

「どうして」

「そんな……謝ってもらうことじゃないから。だって、司君の腕、私……」

「聞いたよ、カッターで傷つけたって。傷も見た」


文乃は、本当に司が大輔に全てを話したのだと思い、口を結ぶ。


「あいつの傷も見せてもらった。確かに、しっかりと残る傷だった。
でも、司は、きっと、傷つけた姉ちゃんの方が、
自分より何倍も痛かっただろうって、そう……」


文乃は、あの日、腕を押さえたまま、部屋を出て行った司のことを思い浮かべた。

『ごめんなさい』の声は届かないまま、二人の時計は急に止まり、

そこからは互いの心の奥底に、しまいこんでしまった。

文乃は思い出したことを断ち切ろうとし、その場から立ち上がると、台所へ向かう。

大輔の話の途中であることはわかっているのに、急に食事の片づけをし始めた。

ガチャガチャという皿を動かす音が、大輔の耳にも届く。


「姉ちゃん、片付けなんてまだいいだろう。話しが終わっていない」

「もういい。大輔……もうやめて」


文乃はそういうと、疲れているから、そろそろ帰って欲しいと言い始めた。

大輔は、目の前にある汚れた食器を重ねると、それを台所に運ぶ。


「姉ちゃん……」

「司君には、もう謝らなくて結構ですって、そう言って。
今、大輔に聞いた話で十分。私は、もう気にしていませんからって。
逆に長い間、辛い思いをさせていたのかと思うと申し訳ない。
過去のことはどうでもいいから、しっかり前を向いてくださいって……。
この仕事を選んだのは、私の意志なの。司君には何も関係ないから」

「何言っているんだ。どうでもいいなら、そんなふうにならないだろ」


文乃の不安定な状態に、大輔は思わず口調が荒くなる。


「突然の話だから、だから……うまく言えてないのかもしれない。
でも、もういいの。本当にいいの。もう、これ以上言わないで」


大輔の口調にあわせるように、文乃も負けずに声が大きくなる。

大輔から食器を受け取り流しに入れ、蛇口をひねり、勢いよく水を出した。

皿の上にあったサラダのドレッシングが、水の勢いに弾け飛んでいく。

数秒後、文乃は水を止める。

今までの慌しい時間が、一気に沈黙の中に入っていく。


「ごめんね……大輔」

「どうして謝るんだよ」

「だって……大輔が気にすることばかり私……」


文乃は、言葉を途中で止めてしまうと、そこからはまだ黙って片づけをし続ける。

大輔は、片づけをし続ける文乃の態度に、

思いがけない話に、どういう態度を取っていいのかわからなくなっているのだと思い、

このまま畳み掛けるわけにはいかない気がして、

とりあえず座っていた場所に戻る。

いつも冷静で、常にしっかりと自分を持つ姉の、明らかに慌てている様子を感じながら、

大輔はすっかり生活の出来上がった部屋を見回した。

もう少し、自分が二人の状態に早く気付いていたらという後悔が、

申し訳なさと一緒に、大輔の気持ちをグッと押し付ける。

文乃の片付けの音を聞きながら、大輔は持ってきた1枚の写真をテーブルに置く。

それは、先日、『華楽』で開いた6人の飲み会で、大輔が撮った写真だった。

大輔は荷物を持ち、台所に立つ文乃に、そろそろ帰るよと声をかける。


「うん」


文乃は、今度はゆっくり出来るようにするからと、顔を見ないまま話す。


「姉ちゃん……人は、何をしていても年を取るものだ。
生まれた以上、いつかは死んでしまうものだし……。
当たり前だけれど、時間も永遠にあるものじゃない」


文乃は、大輔の言葉を耳の端に捉えながら、汚れた皿を洗い、カゴの中に入れる。

大輔は、反応のない文乃だけれど、しっかり聞いているだろうと思いながら、

靴を履き始める。


「俺、小さい頃から姉ちゃんがいつも頼りだった。弟の俺から見ても、
しっかりしていたし。失敗する姿なんて、見たことなくてさ。
夏休みの宿題とか、あと、友達の誕生日に何を贈るかとか……俺が頼ってばかりだった。
今の今まで、それに何も疑問を持たなかったけどさ……」


大輔は、靴を履き終えて、もう一度文乃を見る。


「今、姉ちゃん俺に言ったよね。『司に甘えた』って」


大輔の言葉に、文乃は確かにそう言ったことを思い出す。

考えていたわけではなく、咄嗟に、その瞬間に出てきた言葉だった。


「姉ちゃんが、人に『甘えられた』って俺、初めて聞いた。
なぁ……それが答えじゃないのか?」


大輔はそう問いかける。


「生きていられる時間は、永遠じゃないから……だから人は、人を好きになる気がする。
強い心ばかりを持っていられないから、きっと、そばにいて欲しい人を探すんだ。
たまには、弱い自分の気持ちを大事にしたほうがいい」


大輔は文乃を見るが、視線は布巾と皿に向かっているだけで、合うことはない。


「また、連絡するよ」


大輔はそういうと、玄関を開け出て行った。



【14-4】

それぞれの恋の色を塗っていくと、そこに見える『Color』は……
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