15 感情の中にある向き 【15-3】

【15-3】
『青葉さんと、乗り越えようって……話をした』



月曜日になり、有紗はいつもの電車に揺られながら、ずっと陽菜の告白を思い出していた。

『不倫』というハンデのある恋を突き進むと宣言した友に、

自分も今、こういう状態だと話そうとしたが、そこは違う部分があると思い、

やめることにした。というのも、互いに前向きだという陽菜と瞬に比べ、

有紗には、灰田の思いが、まだ掴みきれていなかったからだ。

時間が少し経った時点で、どういうつもりなのか聞いてみようと考えながら、

オフィスの中に入る。秘書課のメンバーと挨拶を交わし、

午前中は雑務をこなし、イベント関係の時間を抜き出していると、

灰田から呼び出しがかかった。廊下を歩き、扉をノックする。

中から灰田の声が聞こえたので、入っていくと、

灰田は、何やらFAXされた用紙をめくりながら見た後、

それをテーブルの上に放り投げた。

有紗が視線を動かすと、そこには色々な写真をコピーした数枚の記事が見える。


「全く……」


灰田はタバコを取り出すと、ライターで火をつける。

大輔たちが撮りためていた『フォトラリー』の写真は、

急にヒーローとして世の中に登場した灰田を示すには、十分の材料だった。

今まで影に隠れていた存在の『コーディネーター』という仕事の分野が、

よくも悪くも前に出始める。

灰田の在籍は、もちろん『リファーレ』にあるのだが、

その存在感は、新社長を退けて、トップとも言えるくらいのものになる。

しかし、世の中の動きとは逆に、出るつもりもなく担ぎ出された灰田本人は、

見せたくもない部分をさらけ出すことになり、苛立ち感を隠せない。


「部長」

「これを見てくれ。世の中は何を考えているんだ。私は事件の主役ではない。
これだけ書かれたらただの迷惑だ」


灰田は、放り投げたFAXの用紙を指差した。

吸っていたタバコを灰皿に押し付ける。


「クソッ!」


灰田は、思い通りにならない気持ちをその一言にのせ、そのまま椅子に座り込む。

有紗は、これからのスケジュールですと言いながら、デスクの上に書類を置く。

灰田が見て欲しいと言った『フォトラリー』の写真を手に取り、

これほど色々な姿を撮られていたのかと、唖然とする。

そして記事を手がけたメンバーの名前が書いてある、1枚の用紙が目に入った。

編集長の宮石の名前があり、そして数名の名前が連なっている。

しかし、有紗の視線を捕らえたのは、その中にいる一人の名前だった。



『白井大輔』



世の中に、同じ字を使い、同じ名前を持つ人間は、必ずいるだろうが、

職業まで一緒になると、そうはいない。

有紗が聞いていた大輔の職業は『フリーカメラマン』になる。

となると、あの大輔だと考えるほうが、当然正しく思えた。

有紗は、用紙を手に取り、間違いがないか、名前の一文字ずつをさらに追いかける。


「山吹君、世の中というのは、まっすぐにものを見ようとせずに、
どこかおかしな方向に走るものだな。私のことなど、どうして追っていたのか……」


灰田は、世話になった政治家たちが、注目振りに重なろうと思っているだけで、

自分自身は、政治など興味がないと、有紗に向かってそう言った。

有紗は、灰田の言葉を受け入れますという意味を込めて、しっかりと頷いてみせる。


「しばらく、誰にも会いたくない。撮影現場にも顔を出すことも控えよう。
くだらない連中に、追い回されるのも疲れるし」

「はい……。では、担当者には私の方から」

「……有紗」

「はい」


灰田は『山吹君』という呼び方から『有紗』へと変化させる。


「君との時間も、しばらく持つことは出来ない。
こんな礼儀も何もない雑誌に狙われて、見つかれば、それこそまた大騒ぎだ。
しばらくは……」


有紗は、灰田が自分をかばってくれているのだと思い、わかりましたと頭を下げる。

これからの自分たちを聞きだそうとしていただけに、

単なる邪魔が入った気がして、有紗は空いていた左手を握り締めた。





「白井さん、こっち」

「はい」


文乃は、大輔が司のことを話しに来てからも、いつもと同じ日々を送っていた。

朝早くから『アプリコット』に入り、入居者の食事の手伝い、そしてベッド作り。

散歩やレクリエーションの手伝いなど、仕事はいつも余るくらい存在する。

しかし、一つだけ違ってきたのは、外の世界に関する考え方で、

文乃は休み時間を使い、近所のスーパーに買い物に出る。

今までは、ただ用事を済ませ部屋や職場に戻っていたが、

流れてくる人たちの動きが、以前より気になった。



駅の方から歩いてくる人たちの中に……

あの人がいるのではないか……



「白井さん」

「あ……」


声に振り返ると、そこにいたのは金田ハルの息子、信也だった。



【15-4】

それぞれの恋の色を塗っていくと、そこに見える『Color』は……
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