15 感情の中にある向き 【15-4】

【15-4】
文乃は面会ですかと挨拶をする。


「はい。実は、兄の息子が週末に行われる水泳大会で代表選手になったものですから。
兄がどうしても母に、レースを見せたいと」

「あぁ……はい。ハルさんが楽しみにしていた」

「そうなんです」


信也は、今日はこれから兄夫婦が迎えに来ますと、文乃に語る。


「子供は面倒だなんて、兄がよく話しますが、でも、楽しみもありますよね」

「……そうですね」


信也は文乃と並び、『アプリコット』への道を歩く。


「実は、あの散歩の日から、白井さんの連絡がないかと、
僕自身は、気にしていたのですが……」

「あ……すみません」


文乃は、信也に一度店へ来て欲しいと言われていたことを思い出した。

つい、先日まで気にしていたのに、大輔が司のことを話しに来てからというもの、

頭の中から、その話しはすっかり消えていた。


「いえいえ、謝る必要はないですよ。僕がお誘いしただけですし」

「でも……」


文乃は、お誘いを受けるような素振りをしたのは自分だと、頭を下げた。

並んで歩いていると、『アプリコット』は目の前になる。


「電話、お待ちしてます」


信也はそういうと、正面玄関から中に入っていった。

文乃は買い物してきたビニール袋を持ったまま、その様子を見る。

左に曲がり寮の中に入ると、部屋の扉を開けた。

台所の電気をつけて、そのまま部屋へ入る。

小さな鏡の前に置いた、1枚の写真を手に取った。

文乃の視線は、すぐに一人の男へ向かう。

あの頃よりも、少し痩せた司の顔をもう一度見た。



『ずっと……好きでした』



大輔の友達だと思ってはいたものの、文乃自身も、どこか司の気持ちに気付いていた。

いつなのかはわからなかったけれど、どこかで互いの気持ちに向き合うときが来ると、

それもわかっていたのに、あの日が突然訪れ、しかも、予想外の出来事が重なり、

少しずつ磨いていた気持ちは、一気に暗闇の中に押し込まれてしまった。

文乃の視線は、写真から部屋の隅に置き、小さなぬいぐるみを入れた籐のカゴに向かう。

それは、司が文乃の誕生日に必ず贈ってくれる花が、収まっていたカゴだった。

司からのメッセージカードは捨てられても、花が枯れた後、

残ったカゴが捨てられなかった。

メッセージカードだと、筆跡から大輔に見つかる可能性があるが、

このカゴなら、誰がくれたのかいくら大輔でもわからない。

文乃は、司からの贈り物を、全て無くしてしまうという選択はいつも取れず、

こうしてどこか証を、残し続けてきた。

籐のカゴについた小さなリボンがほどけかけていたので、文乃は軽く直す。



『今、姉ちゃん俺に言ったよね。『司に甘えた』って』



弟の大輔が言ったように、文乃自身が司に甘えていたことを認め、

その気持ちに流されたとそう言った。

幼い頃から、いつも姉として振る舞い、人に迷惑などかけないようにと、

親には言われ続けてきた。しかし、将来を約束した恋人と、理不尽な別れを迎え、

辛いリハビリと向き合わないとならなくなったとき、

文乃はいつの間にか、司がいてくれることを心の支えにしていた。

だからこそ、自分の気持ちが読まれてしまった気がして、

あの時は、素直に振り向けなかった。

大輔の姉として、しっかりしなければという、小さな小さなプライドが、

思いを伝えてくれた司を突き放してしまい、傷まで負わせてしまった。


『謝罪』など、してもらいたいとは思わない。

文乃の部屋を出て行った時の、悲しい顔だけはもう見たくない。

文乃は手に持った写真を見えないように裏返しにする。



『姉ちゃん……人は、何をしていても年を取るものだ。
生まれた以上、いつかは死んでしまうものだし……。
当たり前だけれど、時間も永遠にあるものじゃない』



大輔から、生死の言葉など聞くとは思っていなかったが、

そのことについては、文乃は『アプリコットの』仕事の中で、何度も味わってきた。



人は生まれ、いずれこの世を去っていく。時間に限りがあるからこそ、

頑張って生きようと努力し、回りもそれを手伝おうとする。



自分と司の時間は、ある意味、あの日から止まっている。

文乃は、このまま時を止めているのは、司のためにもよくない気がしてしまう。



『電話お待ちしてます』



ハルの息子、信也がいい人であることもわかるだけに、

文乃は、自分の気持ちに向かい合うべきだと考え、携帯を開く。

文乃は大輔の番号を呼び出すと、受話器のボタンを押した。





司は、営業先から出た後、遅めの昼食を駅近くの店で取っていた。

携帯が揺れたので相手を確認すると大輔で、そのまま通話状態にする。


「もしもし」

『司? 俺』

「うん、どうした」

『姉ちゃんから連絡があった』


文乃からの連絡だと聞き、司の鼓動は一気に速まった。

大輔の口調が明るそうなので、いい方向に動いたのかもしれないと思いながらも、

もしかしたらという思いが、心をよぎっていく。


「うん……」

『お前と、会うって』


大輔の言葉に、司はセリフにならない大きなため息をついた。

体から色々なものが抜けてしまうくらい、呼吸を繰り返す。


『おい、聞いてるのか』

「あぁ、聞いている」

『お前、いつならいい?』

「俺はいつでもいい。夜でも、朝でもどこでもいい」


司の言葉に、大輔はどこか落ち着いて話しが出来る店を知らないかと、そう返してきた。


『とりあえず、最初は俺も入るけど、それでいいか?』

「……うん。文乃さんがそうしたいのなら、俺は構わないけど」


司は、それならと、以前、陽菜を演技をした喫茶店はどうだろうかと提案する。

大輔は、最寄り駅の名前をメモに取り、わかったと返事をした。



【15-5】

それぞれの恋の色を塗っていくと、そこに見える『Color』は……
みなさんのコメント、拍手、ポチなど、お待ちしてます。

Pagination

Trackback

Trackback URL

http://momonta1108.blog75.fc2.com/tb.php/3210-0a332275

Comment

Post Your Comment

コメント登録フォーム
公開設定

Utility

プロフィール

momonta

Author:momonta
ただいま、怪獣2匹を飼育中の、お気楽主婦です。
日々のちょっとしたこと、趣味で取り組んでいる『創作』を、このブログに書いていきたいと思っています。
飲み物片手に、立ち寄ってくださいね。

なお、作品の無断転載やお持ち帰りはご遠慮ください。
著作権は放棄していません。お願いします。

ただいま、連載中!

あなたの色と私の色。6人の恋模様が生み出す『COLOR』は……
ただいま発芽室では『Colors』を連載中! こちらからどうぞ

カレンダー

03 | 2017/04 | 05
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -

お供、提供中!

この人は誰だろう……悩んだ時には、迷わずGO!
発芽培養所では『Colors 50音人物紹介』を掲載中! こちらからどうぞ

FC2ブログランキング

小説・文学部門に参加しています。

FC2Blog Ranking

毎日1回、ポチッとしてもらえたら嬉しいです。見えないライバル達と、格闘中!

いらっしゃいませ!

QRコード

QRコード

アクセスランキング

[ジャンルランキング]
小説・文学
472位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
ロマンス
4位
アクセスランキングを見る>>