16 男と女を意識した日 【16-1】

16 男と女を意識した日
【16-1】

『私も……もう少し、一緒にいたい』


戻る道などない。私は前に進むだけなのだと、陽菜はそう『覚悟』を決める。

瞬は小さく頷くと、エンジンをかけ始めた。

二人の車は駐車場を抜け出すと、幹線道路に進む。

瞬が選び流してくれているCDの洋楽は、大学時代、二人でよく聞いたものだった。

あの頃は、当たり前のようにこうして会い、当たり前のようにさらなる時間を求めた。

陽菜は、あの頃に戻るのだと、自分に言い聞かせる。

そして、流れていく夜景を見ながら、そっと目を閉じた。





川沿いのホテルは、『満室』状態が続いていたが、

やっと一部屋を見つけ二人は車を止めた。

一緒にいられれば、互いの思いを結び付けられれば、

部屋の彩りや料金などどうでもいいと、そのままエレベーターに乗る。

部屋の前に並んで立つと、カードキーを差し込み扉を開けた。

瞬がテーブルに車のカギを置き、陽菜はソファーにバッグを置く。

瞬が中に入り蛇口をひねる。水の音が聞こえ始めたことで、陽菜の鼓動が速まった。

後戻りの出来ない道への一歩。

浴室から出てきた瞬と目があった瞬間、陽菜はそのまま抱きしめられた。

触れただけのようなキスの始まりは、すぐに思いを乗せたものへと変わっていく。

青葉瞬は結婚した、妻がいる男性だという、ごく当たり前の知識は陽菜の頭から消え、

ただ幸せだった頃を呼び戻してくれる、相手と変わってしまう。

『常識』という洋服を脱ぎ捨てた二人は、ただ思いのためだけに走り出した。

シャワーの水を全身に受けながらも、冷静になることなどなく前に進み続ける。

陽菜を膝の上に乗せた瞬の手が膨らみに伸び、愛しそうに唇を近づけた。

陽菜は瞬の様子を見つめ、その指先と唇の動きに、愛されていた記憶を呼び起こす。

そして、その先へ続く時間への思いを膨らませていった。

陽菜は、瞬に期待の吐息を聞かせていく。

互いの熱さを隠すために出し続けた水の音は、それからしばらくして消えた。

陽菜は、足ふきの上に乗るとバスタオルで濡れた髪を包み、そして体を拭いていく。

少し遅れて出てきた瞬は、同じようにタオルで体を拭いていたが、

熱の冷めないうちにと陽菜を抱き上げ、そのままベッドへと導いた。

胸に届く刺激は、指から唇、そして舌先と変わっていく。

恥ずかしさをかき消す水の音は、もう聞こえない。

陽菜はあふれる声を自分自身で聞きながら、両手で瞬の顔に触れると、

数年間呼ぶことのなかった、愛しい人の名前を呼んだ。

瞬は陽菜の声を聞きながら、柔らかなラインを確かめるように、キスを落とす。

陽菜の口から、押さえきれない言葉が漏れ、

重なる時間にもう少し先を見せて欲しいと、自然と脚がシーツを滑る。

思わずそらした背中と、あふれていく声。

陽菜が知っている『愛された記憶』が完全に蘇り、そしてもっと深く先を知りたくなる。


「陽菜……」


瞬の声に、陽菜は前を見る。

そして、あらためて二人の唇が重なっていく。

陽菜は、戻れない場所に、ゆっくりと瞬を受け入れ、

これが自分の『覚悟』なのだと、その背中に手を回した。





冷蔵庫の製氷機が、ガラガラと出来上がった氷を落とす。

陽菜が部屋に戻ったときには、日付も変わっていた。

明日も仕事があるため、すぐにでも眠りにつこうと思うが、

自分自身に『覚悟』を持たせるための行動に、

まだ高ぶった気持ちを落ち着かせることが出来ずにいる。

瞬の言葉を信じ、これからをともに生きると決めた故の行動だったが、

一人になり天井を見上げると、果たしてこれでよかったのかと、

不安の種が顔をのぞかせる。陽菜は、目を閉じていればいずれ眠りに入れると信じ、

タオルケットを深くかけ、体を丸くした。





『白井大輔』



有紗は、灰田の写真を撮った人物の中に、この名前を確認してから、

仕事中も頭から名前が離れなかった。

灰田は、結果的に『クーデター』の中心人物になったのだから、

色々な意味で、世の中から注目されていることに違いないが、

並べられた写真が、全て仕事に関係していると思えなかっただけに、

どこまでプライバシーが暴かれているのかと、不安になった。

さらに、有紗にしてみると、自分が灰田の秘書だと、飲み会で自己紹介した時にも、

大輔が何も言わなかったことを思い出し、納得がいかなくなる。

有紗は灰田に妻がいることも承知で、それなりの関係を続けてきたが、

この騒動の中、自分の知らないところに現れた間宮あかり。

そして、近頃忙しさを理由に、灰田自身が距離を置くように見える態度に、

有紗の気持ちは空回りし、さらにぶつけようのないイライラだけを募らせていた。

有紗は携帯を握り締め、仕事の部屋から外に出る。

『白井大輔』の名前を呼び出すと、そのまま電話をかけた。





『フォトカチャ』で、先日の『じゃがいも堀り』写真を並べていた大輔は、

有紗からだとわかり、すぐに受話器をあげる。


「はい」

『もしもし、山吹です』

「はい」


大輔には、有紗から電話をかけられる理由がすぐには浮かばなかった。

もしかしたらまた、6人で飲み会でもしようという誘いかと思い、

軽い気持ちで『先日はどうも』と挨拶をする。


『白井さん』

「はい」

『お話ししたいことがあるんです。お時間いただけませんか』


有紗のトーンが冷たく重いことに気付いた大輔は、

この電話が飲み会の誘いでないことを、ここで感じとった。



【16-2】

それぞれの恋の色を塗っていくと、そこに見える『Color』は……
みなさんのコメント、拍手、ポチなど、お待ちしてます。

コメント

非公開コメント