16 男と女を意識した日 【16-3】

【16-3】

「卑怯ですか……」

「はい」


有紗は、そこまで言っていいのだろうかと迷いながらも、

出してしまった以上、引っ込みがつかなくなる。

大輔は、ビールをコップに移し、軽く口をつける。


「確かに……一番正しいやり方は、相手の正面に立って、
写真を撮らせてくださいとお願いすることかもしれません。
でもまぁ、そんなことを言ったら、ほとんどダメだと言われるでしょう。
しかし、俺の仕事が『卑怯』だというのなら、灰田部長がされたことも、
同じではないですか」


大輔は『クーデター』というものは、そもそも内密に進めていたはずだと言い返す。


「山吹さん。今日は灰田さんが、あなたにそんなことを言って来いと、そう……」

「違います。部長はそんな卑怯な方ではありません。
私が、この事実を知ったので、白井さんに問いただしているだけです」


有紗は、あくまでも自分が勝手に起こした行動だと、灰田を庇った。

大輔は、写真に収めていない灰田の顔を知っているだけに、

思わず有紗にここで語りたくなる。

しかし、それは出来ないことのため、気持ちをひとつ落ち着かせようと、

コップを持ち、さらにビールを飲んだ。

有紗自身を傷つけずに済む方法はないかと考えるものの、

その思いはうまくまとまらない。


「部長の仕事は、白井さんと同じではありません。『クーデター』は、
会社をよりよくするために行ったことです。社内ではよかったというものがほとんどで、
みんな、これから変わっていく会社に、期待しています」


有紗は、不安な気持ちを必死に押し込めながら、そう言いきった。

本当は、事件が明らかになってから、秘書課自体存続不可能かもしれないと言われ、

同僚たちもみな、浮き足立っている。


「期待ですか……」

「はい。これからも難しい仕事をこなさないとならないのに、
余計なことを周りであれこれ騒がれてしまうと、迷惑をこうむるのは部長です。
どういう意図で撮られているのか知りませんが、こんなことでお金を得るなんて、
あなたのしていることは、やっぱり最低です……」


有紗はそういうと、残ったワインを飲み干していく。


「最低か」

「はい」


大輔は、『最低』という言葉に、自分の全てが否定された気がしてしまう。


「そうですか、気持ちはそれぞれですから、俺は最低かもしれません。
それを言い訳したりするつもりはないです。でも、これが俺の仕事です。
あなたが尊敬している灰田さんの動きで、これから世の中が変わるかもしれない。
確かに今は、『リファーレ』の堕落した創業者一族から、
会社を守ったヒーローでしょうが、その裏で、
彼に落とされた人たちに生活があることも、忘れてはいけないことだと思います。
俺は、報道というものは、右向け右になればいいとは思っていません」


大輔は、コップに入れたビールの残りを、飲んでいく。


「山吹さん、こういった機会にぜひ、物事を片方だけから見ずに、
あなたも色々な角度から見てください。俺が言えるのはそれだけです」


大輔はそういうと、不満そうに口を結ぶ有紗に軽く頭を下げ、

横に置いた荷物を持ち始める。


「色々な角度からというのは、灰田部長に……
私が知らない部分があるということですか」


有紗の叫びに、大輔の動きが止まる。


「白井さんは、灰田部長の別の角度を、知っているということですか……」


有紗の辛そうな声を聞いたが、大輔は何も語らないままその場を離れようとする。

そこまで勢いで話していた有紗が黙ってしまい、大輔はその顔を見る。

座ったままの有紗の目から、一粒の涙が頬に流れた。

大輔は、本当に何も知らないのだと、有紗を見続ける。


「この1ヶ月くらい……秘書という立場にありながら、
どう自分が居場所を確保すればいいのか、自分自身、わからなくなっていて……」


そこまで、ただ強気に出ていた有紗の、初めて見せる『弱さ』だった。

大輔の脳裏に、乗ったタクシーから降りて、有紗のところに走ってきた灰田の姿が蘇る。


「最低だと言っている私自身……本当は『最低』な人間なんです」


有紗はそれだけを言うと、黙ってしまう。

大輔には、その告白こそが有紗と灰田のただならぬ関係を物語った。

今まで、どこまでもギリギリまで見えても、そうだと思い込まないようにしていたが、

有紗の告白に、大輔は一度息を吐く。

大輔は、カメラの紐を手で握ったが、その手を離した。


「山吹さん」


大輔は、長い間、間宮あかりの部屋から出てこなかった灰田の行動や、

仕事を終えた後、待ち合わせのホテルに向かったタクシーのことを思い出していく。

自分ではないカメラマンが、灰田と他の女性が一緒にいるところを撮った写真も、

数枚確認した。


「灰田啓次という人は、確かにビジネスマンとして優れているのかもしれません。
でも俺は……」


大輔の中に、灰田をタクシーの中で迎えた有紗の、嬉しそうな顔が浮かぶ。


「俺が見た彼の姿は、あなたがここで涙を流す価値があるとは思えません」


具体的な言葉は避けたものの、『灰田』という男がどういう人間なのか、

そのほんの一部分だけを、有紗に伝えたつもりだった。

それでも灰田を信じ受け入れるのは、有紗本人の気持ち次第になる。

大輔は先に出ますと言うと、『ミラージュ』を出て行った。



『価値があるとは思えません……』



大輔が去った後、残したビール瓶を見つめながら、

有紗は見ようとしていない心の底にある不安な気持ちが、

どんどん大きくなっていることから、目をそむけていられなくなった。



『彼に落とされた人たちに生活があることも、忘れてはいけないことだと思います。
俺は、報道というものは、右向け右になればいいとは思っていません』



有紗は一人残されたテーブルで、携帯電話を開いた。

灰田からのメールは、何も入っていない。

『忙しい』という言葉を、どう信じるのか、どう受け入れるのか、

自分自身が決めないとならないことだと思いながら、席を立ち会計をお願いする。


「こちらのお会計は、前の方にいただきましたので……」


ウエイターは、有紗のワイン代は、前に帰った大輔が支払済みだとそう告げると、

テーブルを離れていく。

有紗はわかりましたと頭を下げると、バッグを持ち店を出た。



【16-4】

それぞれの恋の色を塗っていくと、そこに見える『Color』は……
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