16 男と女を意識した日 【16-4】

【16-4】
夏休み前の盆踊り大会の準備が進み、

陽菜は瞬に宣言したとおり、忙しい日々を送っていた。

園児たちに踊りを教えること、手作りのうちわを作ること、

教室の飾り付けから、外に置く看板の制作まで全員総出で、取り組み続ける。


「すぐ戻ります」


それでも、瞬からメールが入っていないかと、休憩中に携帯を開く。

ライトが点滅していたので、相手を見ると、やはり瞬からだった。

陽菜はそのメッセージを見ようと思い、ボタンを押す。



『陽菜 父親の入院騒ぎから、今度は純香が体調を崩した。
少し時間がかかるかもしれない』



陽菜は、『覚悟』を決めた後のメッセージだっただけに、

不安の雲が、薄くではあるが、心の中に広がっていくのを感じた。





暦は7月も半ばになり、一年の中で一番大変な『夏』が全面的に顔を出す。

祥太郎は、何度もタオルで汗をぬぐった。

店内には冷房をつけているものの、厨房の中は火が絶え間なくついているために、

温度は全く下がらない。


「祥太郎、餃子」

「今出す」


『華楽』をマンションにして、賃貸の部屋を作るという、

計画案を口に出さなくなってから、祥太郎と父、明彦の関係は、

それなりにうまくいっているように思え、

母、圭子はこのまま毎日が過ごせたらいいと、カウンターを拭きながら考えていた。

昼間の最後の客が店を出て、圭子が暖簾を中に入れる。


「いやぁ……外は息苦しくなるくらい暑いよ」

「だろうね。窓から見える日差しも、強そうだし」


祥太郎は厨房から出ると、冷房が一番強く当たる場所の前に立ち、首を軽く動かした。

時計を見ると、すでに2時手前まで、針が進んでいる。


「そうそう、今日は頼まれものがあったよね」

「おぉ、商店街の『ヘアーサロン木戸口』さんだ」


『華楽』も参加している商店街の中で、長い間理髪店を営んでいた木戸口さんが、

このたび、店を閉めることになったという話を聞いたのは、つい数日前のことだった。

世話になった人たちと、楽しく食事をしたいということで、

それぞれの店に注文を出し、持ち寄っての会が、今日、行われる。


「残念だよね、駅降りてさ、あのクルクル回る理髪店のサインが見えると、
うちに帰ってきたって気持ちになったのに」


圭子は、そういうと拭き終えた布巾を洗い、店の裏に持っていく。

祥太郎は両親の会話を聞いていたが、そのまま店を出ると家に戻りシャワーを浴びた。

父ともう少し分り合ってから、一緒に考えた方がいいと、

そう決断をしたつもりだったが、あれから父、明彦は何ひとつ言ってこない。

同じ商店街の中でも、跡取り問題で揉めている店、逆に継がないと宣言され、

店をたたむ時期を探している店、そして木戸口さんのように、

店と家、両方処分することを決めた店。

動きはあるのだから、それなりに明彦にも思いはあるだろうが、

祥太郎にはそれがまるで伝わってこない。

冷たい水を頭から被り、熱くなりそうな気持ちをしっかりと冷ました後、

祥太郎は真帆宛にメールを打った。





「はい、ここでうちわをパンパン」


『盆踊り』まで数日となり、『新町幼稚園』では毎日、本番に向かって、

踊りの練習が行われていた。

今日は午前保育で、午後からは盆踊りの櫓を立ててくれる業者と、

写真を撮る大輔がやってくることになっている。

陽菜は園児たちを送り出し、打ち合わせに参加しないとならないため、

他の先生たちよりも、早く昼食を取り出した。

お弁当を広げる前に、携帯を見る。

妻、純香の体調が思わしくないというメールをよこしてから、

様子を伺うような返信をしたが、瞬からそれに対する返信が戻ることはなかった。

そんな出来事がなくても、今は自分も忙しくて身動きが取れないのだから、

気にしないでいようと思っても、数分の隙間時間があると、

すぐに瞬のことを考えてしまう。

はぐらかされてきた数年とは違い、互いに気持ちを確認し、

瞬も覚悟を決めたとそう言ってくれた。フリーでいる自分よりも、

抱えているものがある瞬の方が、

『自由になるための時間』の確保が、難しいことは当たり前なのだからと、

割り切ろうとするのに、気持ちは広がった雲の向こう側が見えずに、

ただ焦りを重ねていく。

直接会い、『待っていて』と言ってさえもらえたらと思い、

陽菜は少しの時間でもいいから会えないだろうかと、もう一度送信した。





「すごいですね、これを毎年」

「はい。櫓自体はそれほど高くないのですが、
もしものようなことがあってはまずいので、支えの部分を作るのが結構大変で」

「いやいや、他の幼稚園に行ったことがありますけれど、これほど見事なところは、
今まで見たことがないです」


『フォトラリー』の仕事で、盆踊り大会を写真に収める大輔は、

その最終打ち合わせということで、『新町幼稚園』を訪れた。

他の先生たちも、今まで何度か幼稚園に顔を出している大輔に、

頭を下げて挨拶をしてくれる。


「あ、そうだ、今日はちょっとしたお土産を」


大輔はそういうと、バッグの中から写真の入った袋を差し出した。

陽菜はそれを受け取る。


「これ……」

「これは最初の遠足です。で、こっちがじゃがいも堀り。
写真データは全て数年残しておくので、見直して持ってきました」


陽菜は、大輔から渡された数枚の写真を、1枚ずつ見た。



【16-5】

それぞれの恋の色を塗っていくと、そこに見える『Color』は……
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