16 男と女を意識した日 【16-6】

【16-6】

『もしもし、有紗。また真帆と3人で食事でもしませんか』



大輔から有紗のことを聞いた陽菜は、仕事を終え部屋に戻った後メールを打った。

すぐに返事がもどることはないだろうと思い、携帯を横に置く。

そして、大輔からもらった写真をもう一度見た。

子供たちと歩きながら歌を歌っているところ、鬼ごっこをしながらつまずき、

園児たちから大丈夫かと囲まれたところ。

大輔に言われた通り、そこには自分でも笑えてしまうほど、

楽しそうな姿が収まっていた。

幼稚園教諭の仕事はきつく、憧れて着いてみたものの、すぐにやめてしまう人も、

実際は少なくない。子供たちだけとの時間ならいいけれど、面倒な事務の仕事や、

親との係わり合いなどに疲れて、辞めていく後輩も何人も見てきた。

しかし、陽菜は、仕事の中でそういう思いを持ったことはなく、

主任というポストに重圧を感じることはあっても、子供たちに関わることだと思えば、

親と話すことも、事務仕事をすることも、嫌だと感じたことはなかった。

むしろ、若い女性がいいという風習があることに不安を覚え、

気持ちはあるのに、出て行く場所を探したほうがいいのかとそう思ったこともある。



『自分のやりたいことを、仕事としていけるのは、幸せですね』



大輔のあのセリフは、『フリーカメラマン』として、

やはり好きなことを仕事に決めた人が感じる、思いなのだろうと、

陽菜は写真を見ながら考える。

有紗へのメールを打ち終えた後、陽菜は大輔に、写真のお礼メールを送信した。





「おはようございます」

「おはよう」


真帆はいつもどおり新聞受けから新聞を抜くと、それを社長のデスクに置いた。

会社に届いているFAXを全て取り出し、緊急性のあるものを前に出し、並べていく。

来客が来ることを考え、お茶の道具だけはすぐに出せるよう準備し、

PCを立ち上げている間に、今日の予定をホワイトボードに書いていく。

その間に少しずつ社員が揃い、真帆の日課が終わる頃には、

仕事が出来るメンバーが、全て会社に顔を出す。

『原田運送』のいつもの朝が、始まった。


「えっと……黄原さんは、今日、滑川だっけ?」

「あ、はい。すみません、勝手に行く約束を入れてしまって。
向こうの仕事の邪魔をしないように、夕方前にと……」

「いやいや、あなたが顔を出すと、社長が機嫌がいいとそう言われてね。
それくらいのことで、気分よくしてくれるのなら、毎回、行けばいいと言ったのは、
私だからね」

「はい」


孫の誕生祝など、真帆が挨拶に向かったことが、

『滑川自動車整備』の社長の気持ちをほぐし、それからFAXという1枚の紙ではなく、

挨拶を兼ねてということで、いつも真帆が会社に顔を出す方法に変えた。

すると、顔を見ていることで親近感も出るらしく、以前なら待たされた修理も、

時間的にうまく調整をしてもらえるようになる。


「今日は、水ようかんでもお持ちしようかと」

「水ようかん」

「はい。先日、社長とお話ししたとき、前歯が少し具合が悪くてって」


真帆は、柔らかいものの方がきっと喜ばれますよと、そう話をする。


「任せるよ。黄原さんに」

「はい」


真帆は社長に頭を下げると、そのまま直帰していいかと尋ねる。

社長はそれで大丈夫だと返事をしてくれたため、

真帆はありがとうございますと言い席に戻った。

祥太郎のアドレスを開き、予定を打ち込むとそれを送信する。

祥太郎はそれを店の外で受け取った。

真帆と話をしたことで、焦らずにことを進めることに決めたものの、

自分ひとりで考えていることが正しいのかと不安になり、

真帆に次にこっちへ来るときを教えて欲しいと先日、メールを打った。

真帆からは、1ヶ月に2度くらいはそういう時間があるので、

その時には連絡をすると返信を受け、今日がその日になる。

祥太郎は真帆のメールを受け取ると、どう報告しようかと考えを巡らせた。





『また、一緒に食事でもしよう』



この陽菜からのメールを受け取った有紗だったが、

どう返事をしていいのか、迷ったままになっていた。

クーデターから日が経ち、さすがに興味本位で連絡をしてきたメンバーからは、

メールが入らなくなったものの、少し前に真帆のところに集まりお酒を飲んだのに、

その場にいた陽菜から、また誘いがかかったことは、有紗自身、気になっていた。



『白井大輔』



陽菜と大輔は仕事上のつながりがあるため、

もしかしたら自分と灰田のことも、何か聞いているのかもしれないと思い始める。

有紗は携帯を閉じると、また小さくため息をつく。

本当は、有紗自身、今までの会社の動きと、

どうしようもない苛立ちの原因を、二人に報告した方がいいこともわかっていた。

『不倫』であることを認め、それでも瞬と歩くことを宣言した陽菜のことを思うと、

自分の状態も語るべきだと考えるのだが、その勇気が出てこない。

有紗の気持ちを一番不安にさせているのは、近くにいると思っていた灰田自身だった。

ともに歩むと語れる自信も今の有紗にはないため、

真帆や陽菜と『会おう』という言葉が出て行かない。



さらに、有紗は大輔を呼び出し、『最低』だと罵ったことを後悔していた。

大輔に言われた通り、仕事として請け負った以上、相手の望むものを撮ることは、

『フリーカメラマン』としては、当たり前のことだった。

『フォトラリー』に掲載された記事と写真に、有紗自身、驚きを隠せなかったために、

自分の苛立ちを、大輔にぶつけてしまった。

仕事の休み時間、『白井大輔』の名前を呼び出し、

謝罪のメールでもしようかと思うのだが、あとひとつの勇気が出せないまま、

有紗はまたため息をついた。



【17-1】

それぞれの恋の色を塗っていくと、そこに見える『Color』は……
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