17 絶対に変わらない思い 【17-5】

【17-5】
「ありがとう」


どれくらい静かな時間があっただろうか。

それは、何も構えていない文乃の口から、自然と出た言葉だった。

『幸せ』が逃げてしまった日、それでも一歩ずつ前に進めたのは、

ここにいる司と、自分を励ましてくれる大輔がいたからだったと、

あらためて文乃は考える。


「司君。長い間、辛い思いをさせてごめんなさい」

「そんな……俺のことはいいんです。文乃さんの方が……」


文乃は黙ったまま首を振る。


「大輔に言われたの。私が人に甘えているところを見たことがないって。
確かに、長女だししっかりしないとと、ずっと考えていたこともあって……」


両親にいつもそういわれ、それが当たり前だと思っていたと、文乃は話す。


「それがね、私。司君に甘えていたって、大輔にそう言っていた」

「はい」

「甘えられているってことは、心を許している証拠だろって……」


文乃はそういうと、司の顔を見る。


「あの日のこと、大輔に知られるのだけは嫌だと思っていたの。
こんなことで、司君との友情関係が壊れたら、
それこそどうしていいのかわからないと思ったし」

「はい」


司は、文乃が逃げるように今の仕事を選んだ時のことを思い、

ただ申し訳ないと唇をかみ締める。


「それでも……誕生日にお花が届くと、申し訳なさの反面、
まだ、覚えていてくれていることが、嬉しくて……」


文乃は、緊張していた表情のままだけれど、なんとか笑って見せた。

司は、精一杯の文乃の思いが通じ、息を深く吸い込んでいく。


「ありがとう……勇気を出してくれて」


二人の前から去った大輔は、鳴らない電話を握り締めたまま、

店の外から様子を何度か見た。最初は緊張していた互いの顔から、

少しずつだけれど、笑みがこぼれている。


「司だったのか……」


大輔はそうつぶやくと、携帯に映る時計の時間を確かめた。





盆踊り大会直前、役員の母親や、今日のために手伝いを名乗り出てくれた父親たちが、

子供たちの喜びそうな店を並べ、販売の準備を加速させる。

浴衣に着替えた園児たちは、いつもと違う幼稚園の雰囲気を楽しみながら、

それでもまだ砂場や滑り台に集まった。

泥だらけになるからやめてと叫ぶ母親にお尻を叩かれ、泣き始める子がいたり、

すっかり着付けが崩れてしまい、文句を言われながらも浴衣の帯を結びなおす子供もいる。

陽菜は職員室からその様子を見つめ、壁にかかる時計を確かめた。



『妊娠した……』



瞬の妻、純香が妊娠したという告白を聞いてから、

陽菜の頭の中は、何をしていてもこの言葉の重みに必死に耐えているだけで、

新しいことは浮かばないし、日々を楽しむ余裕もなくなった。

園児たちと輪を作り、今日という日を笑いながら過ごすつもりだったのに、

今日の自分は、ギリギリまでこの場で待とうという選択を自らしてしまう。


「はるな先生、『フォトカチャ』の方が見えました」


後輩の保育士から呼ばれ、陽菜はすぐに玄関へ向かった。

そこには大輔と、先日怪我をしたけれどそこから復活した吉田が並んでいる。

すぐに自動ドアを開け、二人を中へ入れた。


「今日はよろしくお願いします」

「よろしくお願いします」


ごく普通の、当たり前の挨拶をした陽菜は、職員室の隣にある、

年少組『いるか』組を控え室として利用して欲しいと話した。

大輔と吉田はわかりましたと返事をし、その部屋の中にカメラの機材に関する、

荷物を置いていく。『いるか』組には、外からの視線も入らないように、

黒いカーテンがつけられた。


「基本的に、園児や父兄はこの前を通行止めにしてあります。
色々な機材もありますから、ビニールテープで入れないようにしました。
職員室には、外から入れる扉を開けて、そこから用件を聞くことになっています」


陽菜の説明を聞きながら、大輔はこの前会ったときとは違う雰囲気を感じ取った。

陽菜は、当たり前の説明をしているだけで、少しも笑顔はでない。

『盆踊り大会』という、楽しいイベント前とは思えない陽菜のテンションの低さに、

大輔は、準備や練習で、疲れてしまったのか、

それとも本番前で無駄なエネルギーを使うまいと思っているのかと、

余計なことを考えてしまう。


「それでは……」


説明を終えた陽菜は、二人が入った部屋を出ると、また職員室へ戻った。

吉田は、すぐにカメラを構え、また空のシャッターを切り始める。


「白井さん」

「ん?」

「俺も『フォトラリー』紹介してくださいよ。
もう少しこう……緊張感のある写真が撮りたいんです」

「緊張感?」

「そうです。園児の顔なんて、どこからとっても似たようなものばかりだし、
ほら、あれ、よかったですよ。灰田が政治家に頭を下げてるところ。
いやぁ……時代を動かすかもしれない一瞬って、かっこいいじゃないですか」


吉田はそういうと、カメラを構えながらわざと斜めに立ち、

こんな雰囲気で撮ったのですかと、大輔に聞き続ける。


「吉田」

「はい」

「お前、その考えじゃ、『フォトラリー』はまだ難しいぞ」


大輔はカメラのレンズを出すと、望遠など使い分けるため、

布の上にレンズを並べていく。

吉田はどうしてですかと、少し頬を膨らませた。

大輔は、一つのレンズを手に取り、傷がないかを確かめる。


「子供たちの顔が、同じようにしか撮れないというのは、
お前がタイミングを逃しているからだろう。本来、みんな別の顔を持っているんだ。
喜ぶ瞬間も違うし、喜び方ももちろん違う。全く同じだと最初から決め付けていて、
いいタイミングを瞬間に判断できていない」


大輔は、被写体が目の前ではなく、さらに遠いところにいることを考えると、

シャッターチャンスは、幼稚園の子供たちの量とは比較にならないとそう告げる。

吉田は、乗り気になっていた思いを否定され、そうでしょうかと園児の椅子に座る。


「まぁ、そう焦るなって。今はとにかく、子供たちやイベントで知り合う人たちの表情を、
しっかり気持ちを入れて撮ってみろ。そうしていたら、社長がきっと、
お前の希望に気付いてくれるから」


吉田はそうかなと、さらにシャッターを押し続ける。


「そうだって……」


大輔はそういうと、選んだレンズをカメラに取り付けた。



【17-6】

それぞれの恋の色を塗っていくと、そこに見える『Color』は……
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