18 羽ばたけない鳥の翼 【18-2】

【18-2】

撮ってくれと頼まれたわけではなかったし、積み重なっていく日々の中に、

いつかは忘れてしまう瞬間かもしれないが、

それでも残しておくべきではないかと、自然にシャッターを切った。


舞ちゃんと、はるな先生。


二人の別れの中に園長もやってきて、舞の母親に声をかけた。

園長と母親の会話が、自然と陽菜の耳に届く。


「そうですね、お母さん。ぜひ、赤ちゃんのお世話、
舞ちゃんにも手伝わせてあげてください。きっと、いい幼稚園の先生になれますよ」

「はい……」


子供に愛情を持ち、子供に精一杯の笑顔を作ってあげること。

陽菜は、自分の仕事が、子供たちとともにあるものだとそう考える。


「それでは……失礼します」


名残惜しさを抱えながら、舞ちゃん親子は幼稚園を去り、

別れを一緒に悲しんだ『りす』組の親子たちも、その場を離れていく。

みんなが帰っていく姿を見送った陽菜の目から、涙が溢れ出した。

そのまま玄関をあがると、職員室に入っていく。


「舞ちゃん、明日出発だそうです」

「明日?」

「はい。急ですねと聞いたら、団地の後始末だけは、
逃げてしまった父親にお願い出来たそうですよ。
いささか、申し訳ないと思っているんじゃないですか?」

「ねぇ……」


『りす』組の副担任をする後輩と、その同僚の言葉に陽菜は軽くうなずくと、

舞ちゃんがくれた絵をもう一度広げた。

自分の周りにたくさん描かれた、キラキラ光る星。

舞ちゃんにとって幼稚園の先生である自分は、星を描くほどの『憧れ』なのだと言われ、

陽菜の胸は、見知らぬ誰かに強く握られ続けているような、重い感覚だった。

陽菜は、舞ちゃんがくれた絵を見続けることが出来ずに、

ハンカチだけを握り締め職員室を出る。


舞ちゃんに星をつけてもらい、親に感謝された自分と、

瞬から妻の妊娠を告げられ戸惑いながらも、

新しい命を『中絶』させることに対して、何も言わなかった自分をそれぞれ思い出し、

その態度の違いに涙がさらにあふれていく。


陽菜は職員室で、他の保育士たちといることが耐えられず、

隣にある『いるか』組へ逃げ込んだ。

そこには片づけをほぼ終えている大輔がいて、

涙を流して入ってきた陽菜に驚きながらも、

舞ちゃんがいなくなることに泣いているのだとそう考える。


「すみません、この机は……」

「いいです……ほっといてください」


陽菜のセリフに、大輔の動きが止まる。

聞いた質問の答えとしては、少しずれている気がしてしまう。


「いや、あの……」

「私なんて、舞ちゃんがお星様を描いてくれるような、先生じゃないのに……」


子供を愛し、育てていく仕事を選びながら、片方で生まれてくる命を、

消し去ろうとしている自分に、陽菜は気持ちのバランスを保てなくなる。

このまま、瞬と生きていく人生を選んで、はたしてその重圧に耐えられるのかと、

自分自身の問いに、『覚悟を決めた』という、答えが出せなくなる。


「あの……」

「どうしたらいい……」


最初は、かわいがっていた園児との別れが辛いのだと思った大輔も、

陽菜のあまりにも大きく崩れた雰囲気に、

何か別のことが起きたのではないかと考え始める。


「赤尾さん」


陽菜は、『はるな先生』ではない呼び方に、我に返ったような表情で大輔を見た。

自分が取り乱していたことを思い出し、ハンカチで涙をぬぐう。


「ごめんなさい、私」

「いえ……あの……」

「ごめんなさい、今、何を聞かれても、きちんと答えられる自信がありません。
申し訳ないですが、一人にしてもらえませんか」


陽菜は、ただこの場で泣かせて欲しいと、そう大輔に言った。

大輔はこれ以上、あれこれ話をするのは無理だろうと思い、

黙ったまま荷物を持つと、部屋を出るときに明かりを消していく。

一人残った陽菜は、抱きしめた舞ちゃんのぬくもりを思い出しながら、

『いるか』組の教室の隅で、しばらく泣き続けた。





『ごめんなさい』


大輔は職員室にいた数名の先生に頭を下げ、『新町幼稚園』を出た。

夜空には、綺麗な星がいくつか光っている。

あれほど賑やかだった園の周りも、並んでいた自転車が綺麗になくなり、

商店街もほとんどの明かりが消えている。

大輔は、一度振り返り職員室の前にある『いるか』組を見たが、

消された明かりはそのままで、真っ暗な状態になっていた。

大輔は、カメラを入れたバッグを肩にかける。



『申し訳ないですが、一人にしてもらえませんか』



大輔には、今日の陽菜は、最初から何か思いを抱えているように見えた。

以前、見せてくれたようなはじけた笑顔はなく、精一杯笑っているものの、

ふとした瞬間に、その笑顔は別のものに変わっていた。

もし、少し雑談が出来るのなら、

有紗とその後、話が出来たのかを聞こうと考えていただけに、

大輔にとって今日の陽菜の雰囲気は、予想外のもので、

何ひとつ語りかけることが出来なかった。

大輔は駅に向かって歩いていく。

気になることは山ほどあるけれど、何も言われていない以上、

自分には何も聞く資格はないと思い、そのまま進んだ。



【18-3】

それぞれの恋の色を塗っていくと、そこに見える『Color』は……
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