18 羽ばたけない鳥の翼 【18-3】

【18-3】

大輔が幼稚園を去った後、陽菜は、しばらく『いるか』組で泣き続けた。

後輩の保育士たちも、かわいがっていた園児との別れが辛いのだろうと、

みな気をつかって一人にしてくれた。30分くらい泣き続け、冷静になった後、

盆踊りの片づけを手伝い、浴衣から普段の洋服に着替え、

何事もなかったかのように家へ向かう。

最寄り駅前にあるコンビニで、数本のチューハイを買い込み、

考えたくない現実を、ただ強引に喉へ流し込んだ。

酔ってしまえば、忘れていられると思ったが、

それは目覚めた時に、さらに強烈に思い出すことを意味していて、

日付が代わり、朝の太陽が入り込む部屋の中にいても、

どこか首を締め付けられているような、そんな息苦しさを感じてしまう。

陽菜はベッドから起き上がると、舞ちゃんがくれた絵をテーブルの上に広げた。

キラキラと輝く星をつけてもらった自分がそこにいる。

陽菜はクレヨンで描かれた姿にそっと指で触れた。

何があっても、覚悟を決め瞬を信じる。

困難な道であることも覚悟して、前に進もう……それが自分の出した答えだった。

でも、思いもよらなかった『妻の妊娠』という事実が目の前に現れたとき、

あれほど気持ちを固めたと思っていたのに、簡単にその壁が崩れだしてしまう。

守るべき存在がありながら、『男』でいることを選んだ舞ちゃんの父と、

愛していないと宣言した妻との間に、子供をもうけた事実の後で、

それをなかったことにすると宣言した瞬の態度が、頭の中で交差してしまう。

陽菜は、舞ちゃんがくれた絵を裏返しにして、またベッドの中に戻り、

現実から目をそむけようとする。

しかし、そこから目を何度閉じても、夢の世界に入り込むことはなく、

ただ、悶々とする時間だけが積み重なった。





その日、真帆は日曜日ということもあり、部屋の掃除中だった。

久しぶりに会った祥太郎とも、意味のある会話が出来た嬉しさと、

『改築』という材料があるとはいえ、少しずつ距離の縮まっている状態に、

さらなる時間を、少しずつ期待するようになる。

クッションなどにも太陽の日差しをあて、布団もしっかりと干す。

カーテンは洗ったあと、すぐに取り付け、そのまま乾くのを待つ。

台所のシンクに洗剤をつけこすり始めたとき、インターフォンが鳴った。

真帆は、『宅配』でも来たのかと思い、『はい』と返事をする。


「お姉ちゃん、私」


聞こえてきたのは、真帆の妹、美帆の声だった。

美帆は真帆よりも2つ年下で、真帆よりも優秀な大学を出たあと、

母が望むような大手企業に就職している。

幼い頃は仲もよく、一緒に遊んだ記憶も多いが、

生きる道がずれてくるようになってからは、どこか真帆の方から距離を置いていた。

真帆は、何があったのかと思いながら、ドアを開ける。


「どうしたの」

「どうしたのときましたか……」


美帆はそういいながら、玄関の中に入ってきた。

真帆は、当たり前のように乗り込んできた妹に、

とりあえず上がってもいいのか聞くべきではないかと、嫌みをぶつけてしまう。


「わざわざ尋ねてきたのよ。上がらないわけがないじゃない」


美帆の口調は、昔からこうだった。

頭もよく、親からの受けもいいため、いつも人に対して自信満々に対応する。


「何、掃除?」

「そうよ。天気もいいしって」

「ふーん……お気楽な生活ね」


チクチクとした嫌みが続くのも、美帆のクセだと、

真帆はそう思いながら、冷蔵庫を開ける。


「ねぇ、お姉ちゃん、誰か付き合っている人、いるの?」


美帆はそういうと、部屋の中に入り、テレビの前に座った。

テーブルの上にあるリモコンを取り、すぐにテレビをつける。

その日は、ちょうどサッカーの試合が放送されていて、

美帆はご贔屓の選手がいるチームだと、ボリュームを上げていく。


「いきなり来て、しかもどうしてそんなことを言うの?」

「いきなりって、わかるでしょう。誰がそういうことを言っているのか。
私だってわざわざ貴重な休みを使って、来たいわけではありません」


美帆は、以前、真帆宛に送った見合い写真がすぐに戻ってきたことを話し、

母が真帆がどういう生活をしているのか、見てきてくれと頼まれたと言った。

真帆は、一人暮らしをしている自分のことを、どこか監視しているような母の行動に、

また苛立ちを募らせる。


「そういう人はいません。でも、お母さんが勧める相手と見合いなんて絶対にいや。
わかるでしょ、あの人……」

「わかりますよ、わかりますって。一緒に育ってきたのだもの、わかりますよ。
エリート、安定。あの人の興味はそこばかりだし」


美帆は両手を顔の前に出し、自分たちの母親は視野が狭いとそう表現する。


「だったら、そう伝えておいて。見たとおり、男性のものなんてないでしょ」

「まぁね」


美帆は一人暮らしは面倒ではないかと、真帆に尋ねる。


「面倒じゃないです。楽しいです」

「そうかな……変な恋愛に溺れて、貧乏くじ引きそうな気がするけどね、お姉ちゃんって」

「どういうことよ」

「昔からさ、張り切って最初は活動するのに、いつの間にかしぼんでいて。
で、気をつかっているうちに、焦点がぶれてくるというか……」


美帆はそう笑うと、冷たいものを頂戴とテレビの画面を見ながら真帆に言った。



【18-4】

それぞれの恋の色を塗っていくと、そこに見える『Color』は……
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