18 羽ばたけない鳥の翼 【18-4】

【18-4】

真帆はコップと麦茶のボトルを、テーブルの上にドンという音をさせて置く。


「何、怒ってるの?」

「気分がよくはないです。とにかくくだらないことしか言わないのなら、帰ってよ。
まだ掃除もしたいし」

「すればいいじゃない、私は構わないし」

「私が構うの!」


真帆の剣幕に、美帆はどういう意味なのかと首を傾げた。

突然現れた妹の美帆に、真帆は自由な時間を奪われ、だんだんと苛立ちが募り始める。

嫌みのある口調も、自信満々で人のことなどお構いなしの態度も、

一緒に暮らしてきた日々の中で、その通りだとわかっているのに、

テリトリーにいきなり入ってこられたという不満から、さらに倍増した。

口を開けば、文句を言いあう間柄は変わらないと思いながら、

無言のままコップに麦茶を注ぐ。


「美帆」

「何?」

「美帆がどういう生き方をしようが、私は構わない。
でも、世の中はお母さんのいう価値観だけじゃないってことも、覚えておいた方がいいよ」


いい大学を出て、大手に就職した人だけが人生を謳歌できるというような、

偏った考え方は持たないほうがいいと、真帆は自分のコップに麦茶を入れる。


「また、そうやっていきり立って……。あのね、私はお姉ちゃんと違って、
楽な人生を歩みたいの。間違っているとは思わないわよ、お母さんの主張だって」


美帆は、いい大学を出て大手に就職した人間は、当然のように高い給料を取るから、

経済的な心配がない分、他のことに気持ちを持っていけると、そう言った。


「だって思わない? 働くのよ。頭を体を使って。
でも、その報酬は仕事によって全然違うの。1万円を1時間で稼ぐ人もいれば、
10時間かかる人もいる……10時間かかったら遊ぶ時間もないじゃない。
1度きりの人生なのに」


真帆は、姉妹とは言え、全く考え方が違うことに疲れ、ため息をつく。


「あのさ……」


それでも対抗しようと口を開いたとき、テーブルに置いた携帯が鳴りだした。

美帆は素早くそれを見る。

真帆は人の携帯を確認しようとした美帆を睨み、すぐに取ると通話のボタンに触れる。


「はい」

『もしもし……ごめん、私』


電話をかけてきたのは、有紗だった。





「いやぁ、助かった、有紗」

「助かった?」


真帆のところに美帆が来ていたことを知らなかった有紗は、

買い物に出た後、真帆に会いたくなったと電話を寄こした。

真帆はこれはチャンスと、美帆を部屋から追い出すことに成功する。


「追い出さなくてもよかったのに」

「いいの、いいの。美帆は有紗に弱いのよ」

「私に?」

「そう……あの子の弱点」


昔、美帆が社会人になりたての頃、

初めて出来た男友達を、真帆たちに会わせたことがあった。

その時、一緒にいた有紗に、その男友達は一瞬で心を奪われてしまい、

美帆に、『年上の女性』である有紗の連絡先を聞いて欲しいと、そう言い始めた。

その中の一人に気があった美帆は、告白前に振られてしまい、

その結果、数字だけでは図りきれない有紗の存在を、煙たいと思うようになった。

真帆は、有紗は美帆の『天敵』だからと、笑ってみせる。


「天敵って言われたらなんだか」

「いいの、いいの。あの子にはね、世の中の厳しさってものを知る機会が必要なのよ。
自分が傷ついたり、至らないと思われるのが嫌で、
何かがあると理由をつけてすぐに逃げてしまうの。それを人が悪いとか、
こっちが辞めてやったみたいになるからさ、本当にイライラしてきて」


真帆は、両手で拳を作り、何度もパンチのまねをする。


「姉妹なのに」

「姉妹だからよ。いい意味でも悪い意味でも、見本の私がいるから、
あの子は道を外さずに来ているのに、それを自分の手柄みたいに言うから」

「真帆ったら……」


有紗は、自分には年の離れた兄しかいないから、よくわからないなとそう言い返す。


「いくつだっけ、年の差」

「10歳。だからもう40目前のおじさんよ」


有紗はそういうと、お土産だと、チーズケーキを袋から取り出した。

真帆は紅茶でも入れるねと、声をかける。


「でもさ、有紗。40代でも素敵な男性は素敵よ。ほら、俳優のなんだっけ……
インタビューで中学生の息子がいるって言っていたけれど、
そんなふうに見えないじゃない。40代でも若い人は若いし、逆に20代でも、
若さのない人はない」


真帆はそういうと、ティーサーバーを取り出し、紅茶の葉を入れていく。


「ねぇ……陽菜、元気?」

「陽菜? あ、元気だと思うよ。エ? どうして?」

「うん……また会おうよってメールくれたのに、私、返事していなくて」

「あ……そうなんだ」


真帆は、この間会ったのにねと言った後、何かあったのかなとそう有紗に尋ねた。

有紗は、どうだろうと首を傾げる。


「真帆には何も言ってきていないの?」

「うーん……そういえば、あれから何も」


真帆は、私は事務仕事でいつでもつかまるからねと、笑い出す。


「もしかしたら、青葉さんとやり直すって言っていたけれど、その辺で?」

「わからないわよ、そんなこと」

「うん……」


有紗は真帆のいるキッチンへ向かい、包丁を取る。

真帆は、確かに想像でものを言うのはよくないよねと自分自身を制止する。


「有紗の会社は、落ち着いたの?」


真帆は、話自体を変えようと、そう尋ねた。

有紗はそこでもまた首を傾げる。


「落ち着いてきているのかなぁ、どうなんだろう」

「どうなんだろうって……」

「私は、実際、何も先が見えなくて落ち込み気味」

「先?」

「うん……今までしていたことが出来なくなったり、
何をどう見て仕事をすればいいのか、全然わからないの。
クーデターは必要だったと、最初はみんな思っていたのに、だんだん、
不安が不満に変わりつつあって……」


有紗は、自分の担当だった広報部長が、色々な意味でマスコミを賑わす存在になり、

以前より距離が出来てしまったとそう話した。



【18-5】

それぞれの恋の色を塗っていくと、そこに見える『Color』は……
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