『新町幼稚園』の盆踊りが終わり、司と文乃の再会も終わった。
文乃との再会後、司からも姉からも、大輔には『ありがとう』というメールが入った。
さらに、司からのメールには、食事に誘ってOKをもらったことなど、
自分が抜けた後のことも、細かく書かれてあった。
どうして姉が急に仕事を変えたのか、あまり世間と交流を持たなくなったのか、
今まで気になっていたことが、全てと言えるくらい一気に解決する方向に動き、
大輔にしてみると、一つ壁を乗り越えたという落ち着いた気持ちになれた。
しかし、また新しい出来事が、心の片隅に影を落とす。
昨日、盆踊り大会の後、部屋に飛び込み激しく泣いていた陽菜のことは、
何もわからないままになっている。
今日、有紗と真帆から電話があったので、
陽菜の様子を話し、励ましてあげて欲しい気持ちもどこかにあったが、
切り出すタイミングわからないまま、結局言う事は出来なかった。
大輔が風呂に入り、缶ビールを開けて濡れた頭をタオルで拭いていると、
祥太郎からの浮かれた電話が入る。
もちろん内容は『改築開始』という明るい話題だった。
祥太郎は、心配してくれたみんなに報告したいと楽しそうに話し、
数日の間に、都合がつく日を教えて欲しいと言い始める。
「8月なら、ある程度あわせられるよ。
9月の半ばから、毎年契約している雑誌の仕事が入るからさ」
『了解、了解』
祥太郎は、また詳しいことが決まったら連絡をすると言う。
『あ……大輔。司から連絡あった?』
「あぁ、姉ちゃんからも司からもあったよ。二人ともほっとしたみたいだ」
『うん……司、すぐに俺のところにも来て、思い切ってよかったってそう言っていた』
「うん」
『そうそう、文乃さんが相変わらず綺麗だったって、のろけてたしね』
「……なんだそれ」
大輔は、祥太郎が改築の話に浮かれながらも、司の心配を忘れていないことがわかり、
あらためてその優しさに気付く。
「祥太郎もありがとう」
『ん? 俺? 俺なんて何もしていないよ』
また近いうちにお店に顔を出すと約束し、二人は短めの電話を切った。
文乃とのことが動き始め、気持ちを前に向けている司と、
店の改築を許可され、いよいよだと意気込む祥太郎。
自分が苛立った気持ちを大輔にぶつけてしまったと後悔し、
もう一度謝罪することで、自分を見つめ直そうと思う有紗と、
陽菜の悲しみを目の前で見てしまい、その後を気にしている大輔。
祥太郎の役に立てたことで満足感を得ながらも、これからのことを不安に思う真帆。
それぞれは、それぞれの立場にありながら、『6人の再会』に『参加』の意思を示した。
『予定を教えてね』
6人の中でたった一人、うまく流せない思いを抱えたままの陽菜は、
『参加』『不参加』、どちらの意思も示さないまま、幼稚園への道を歩く。
「おはようございます」
「おはよう……」
盆踊り大会が終了し、幼稚園は夏休みになったので、
園児たちがあふれるようなことはなく、どこか静かな園がそこにあった。
次のイベントは、8月の頭に行われる年長の『お泊り会』となる。
夕食はお弁当を注文し届けてもらい、子供たちはそれにあうような『お味噌汁』を作る。
さらに天気がよければ、夕食後に花火大会が行われることになっていて、
その後、それぞれが持ち込んだ座布団などを教室に敷き詰め、眠りにつく。
親から離れ、友達と一緒に過ごす思い出作り。
メインは年長を担当する先生たちだが、来年のための経験ということで、
年中を持つ先生たちも、全員が参加することが決まっている。
この数日の間に、『フォトカチャ』から担当者が来ることになっていた。
「はるな先生、見て!」
玄関で靴を脱いでいる陽菜のそばに、男の子が一人やってきた。
「うわぁ……かっこいいね、一成君、作ったの?」
「うん」
男の子は紙で作った兜を陽菜に自慢すると、
遅れてやってきた友達とまた廊下を走り始めた。
職員室から副園長が顔を出し、廊下を走ってはダメだと注意する。
子供たちはすぐその場に止まり、そこからはスローモーションのように歩き出す。
陽菜が下駄箱に靴を入れ職員室に入ると、机の上に、秋に行われる運動会に使う、
遊戯用の服が数枚あった。
ほつれている箇所を直したり、毎年変化をつけるためにリボンを縫うなど、
園児はいなくても、仕事はいくらでもある。
陽菜は、その奥にある更衣室で保育士として活動する服に着替え、席につくと、
ハサミでウサギの形を切り抜いていく。
子供たちのバタバタが聞こえていた間は、視線を切り替えることも出来たが、
昼近くになると妙に静かな時間が増え、それが逆に、気持ちを揺らしてしまう。
『妊娠した……』
妻の妊娠がわかった後、それでも二人の関係を前向きに進めると宣言した瞬は、
あれからどんな態度を取り、戦っているのか。
罪のない命の存在に対して、妻はどう反応するのか、
自分には出て行けない場所だとわかっているのに、どうしても考えてしまう。
気持ちの呪縛から逃れようと、陽菜はハサミを置き、教室を出て、
屋上のプールに続く階段を上がっていく。
そこにある縦長の窓を少し開ける。
ここは、陽菜にとって、特別な窓だった。
幼稚園に勤務し始めた頃には、何も気付かなかったが、
自分が主任となり、園児がいない場所でも、こうして仕事をする時間が増えたとき、
ざわついた場所から離れたくて、隙間のような窓をのぞいたら、
いくつもの屋根と、大きな木々の真ん中に、スーッと『東京タワー』が見えた。
この場所が、もう少し右や左にずれていたら、
おそらく窓から見ることが出来なかったはずで、
偶然、この角度に窓があり、そして、その姿を邪魔しないよう、
それなりの建物や木々がつながっていること。
陽菜には、それがどちらも小さな奇跡に思えた。
今日も変わらずにその場所にあるシンボルに目を向けながら、
あらためて冷静に、自分はどうするべきなのだろうかと考え続ける。
陽菜は夏にしては心地いい風に吹かれながら、しばらく『東京タワー』を見続けた。
【19-4】
それぞれの恋の色を塗っていくと、そこに見える『Color』は……
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19 不安定な立場にいる女 【19-3】
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