20 伝わらないもどかしさ 【20-1】

20 伝わらないもどかしさ
【20-1】

『妻との話し合いは、どうなっているのか』

出来たら瞬から話して欲しいと思っていた話題だったが、

陽菜はこれ以上、黙っていられず、自ら切り出した。


「前にも話した気がするけれど、離婚したいという意思は伝えたよ。
切り出さないと進まないし」

「うん……」


陽菜の心臓が大きく音を立てた。

『覚悟』をし、進めたつもりだったが、やはり相手のことを思うと、

申し訳なさも感じてしまう。


「まぁ、互いにどこか気持ちは離れていると思っていたしね」


瞬はそういうと、フォークを取り、サラダを食べ始める。


「たださ……あいつ、産むって言うんだ」


瞬は、陽菜の目の前で、明らかに嫌そうな顔をした。

目の前にいるのが自分だから、そういう態度を取るのかもしれないと思いつつも、

女として、陽菜の心の中に、別方向を示すベクトルが現れる。


「産むって?」

「あぁ、何を考えているのかと思うよ」


瞬は、サラダを食べ進め、ドレッシングが美味しいとそう料理を褒めた。

ウエイトレスがメインの料理を二人のところに届け、また席から離れていく。

陽菜は、瞬の妻、純香が『産む』という選択をしたことがわからないと言うより、

その事実を、どこか他人事のように話す、瞬の態度がわからなかった。

陽菜にとってみると、『妊娠』の報告を受けてから、ずっと心を悩まし続け、

似たような状況に置かれ、去っていく園児に申し訳なささえ感じながらも、

それでも前へ進もうと、気持ちを奮い立たせてここへ来たのに、

瞬は、気持ちに重いものはないのか、まとわりつくような感情はないのか、

目の前に出された食事をおいしそうに口へ入れていく。


「本当に?」

「あぁ……意地を張るのは辞めろって、それは言った。
あいつが子供に興味があるとは思えないし、そんな行動は、
互いのためによくないって。あいつにしてみたら、そういうことを言えば、
こっちが困ると思ったのかもしれない」


瞬はナイフとフォークを動かしながら、話し続ける。

幼稚園を辞めていった舞ちゃんの母親も、そういえば別れたご主人との子供を、

産むことにして、実家に戻った。

新しい命を宿すことの重み、そういうことなのだろうかと陽菜は考える。


「でもさ、何もかも、こっちの思うようにしろというのもどうかなと思って」

「エ……」

「どうしてもって言うのならと……」


陽菜は瞬が出産に反対せずに、生まれてくる子供を認めようとしているのだと思い、

さらに頭が混乱する。


「陽菜」

「何?」

「どうしたんだよ。美味しいから食べろって。君にそんな顔をされていると、
こっちが滅入るよ。頼んだよね、君はいつも笑っていてくれって」

「……うん」


陽菜もナイフとフォークで料理を切り分け、懸命に口を開く。

『いつも笑っている』ことが出来たら、それが何よりもいいことだとわかっているが、

今の陽菜には、それをする心の余裕は全くなかった。

それでも、それで瞬の気持ちが前向きになるのならと、

そこからは仕事の話など、気分が明るくなるような話題を、懸命に探し続ける。

結局、食事の間、これ以上『離婚』の話しが持ち上がることはなかった。





午後8時、有紗は駅で降りると、そのまま店にまっすぐ進んだ。

今日は大輔と再会する日だったため、少し予定より早い時間だったが、

『ミラージュ』を目指した。

扉を開けて店内を見る。大輔の姿はまだなかった。


「待ち合わせなのですが」

「どうぞ」


ウエイターは、話しやすそうな角の席に案内してくれた。

店長として姿があるかと思った瞬は、カウンターの中にはいない。

有紗は椅子に座り、大輔が来るのを待つ間、意味もなく携帯を触り続けた。

過去のメールを呼び出してみたり、無料で開けるアプリを見てみたり、

ただ、何をしていてもすぐに飽きてしまう。

それでも、何もしない時間を選んでしまうと、不安に心が押しつぶされそうだった。



『彼はとても優秀な男で、これから一緒に色々と動いてもらおうと思っている』



灰田に水島を紹介されてから、有紗の気持ちは浮かないままだった。

『秘書』という立場にいるのは自分なのに、灰田との距離は水島の方が明らかに近く、

込み入った話に入れないときには、今までに感じたことのない空虚感さえ漂った。

有紗は出されたお冷に、軽く口をつける。

待ち合わせた時間よりも少し遅れて、大輔が到着した。


「すみません、遅れて」

「いえ……」


大輔は、今日は『新町幼稚園』に行ったのだと言いながら、

いつものようにカメラの入ったバッグを横に置き、席についた。

有紗は陽菜に会えましたかと、声をかける。


「それが会えませんでした。僕もどうしたかなと気になっていたんですけど」


大輔は、この間盆踊り大会があり、その日で園を辞めてしまう子供との別れが悲しく、

陽菜が泣き崩れてしまったことを有紗に語る。


「遠足で、カメラマンの俺にもお菓子をくれるような、かわいい子で。
別れは悲しいですね、どんな場面でも」


大輔はそういうと、注文を聞きに来たウエイターに、メニューからお酒を選び指で差す。


「まぁ、俺が心配しても仕方がないんですけど」


大輔はそういうと、照れくさそうに笑って見せた。



【20-2】

それぞれの恋の色を塗っていくと、そこに見える『Color』は……
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