20 伝わらないもどかしさ 【20-5】

【20-5】
「うーん……」

「どうでしょうか」

「ちょっと待ってくれるか。こっちにも色々とさ」


その頃司は、取引先の部長と交渉の最中だった。

今まで、ライバル会社と取引をしていた企業だけに、司のペースではなかなか進まない。

それだけ迷うのなら、一度試してみてはと勧めていくが、

総予算が決まっているのでと言いながら、

イエスとノーの間で、この担当部長だけが揺れ続ける。

司は顔を動かさないまま、時計を見た。

文乃と会う場所は、ここからそれほど遠くないが、

このままのらりくらりされていると、待たせてしまうことになるかもしれない。


「もう少し、値段をうまく出来ないかな」

「申し訳ないですが、値段の方はこれが精一杯です。
確かにライバル会社と比べてと言われるのもわかりますが、製造工程、
材料の貴重さからすれば、決して高いとは思わないのですが」

「うーん……」


また長い針が先に動く。

1分が2分になり、司はどうしようかと考えながら、時計を見続ける。

思い切って次回へと話を打ち切るべきか、それとも値段を下げられない分、

見本として持ってくる分量を増やそうかなど、あれこれ考え始める。


「よし、わかった。入れてみよう」

「ありがとうございます」


司はすぐに立ち上がると、頭を下げ、書類の一式を部長の前に出した。

営業マンとしての駆け引きを乗り切ったことに、一安心する。

ここでサインをもらっておきさえすれば、仕事はうまく流れる。

部長は自分のペンを取り出し、そばにいた部下に印鑑を持ってきてくれと話す。

司は出していた資料を素早くしまいながら、

待ち合わせ場所に着くまでの時間を計算し始めた。



司は部長のサインが入った書類を受け取り、会社に直帰するという電話を入れた。

地下鉄のホームに小走りで向かい、こちらに向かってくる人の波をよけていく。

司は、いつもなら混雑している場所では乗らず、

定位置に着くまで、電車は1台見送ることにしている。

しかし、今日はそんな余裕がないため、ラッシュは覚悟でそのまま飛び乗った。

入り口が閉まり、とりあえず目的地に向かって出発する。

この分なら、駅から早めに歩いていけば、間に合うと思いながら、

扉にもたれかかった。



司と文乃が待ち合わせたのは、

10人も座ればいっぱいとなるような、フランス料理の店だった。

司にとっては、昔、先輩に連れて行ってもらったことがある思い出の店で、

駅の改札を抜けると、そのまま店へ向かう。

文乃よりも先に着いて、待っていたいという気持ちで歩みがどんどん速くなる。

最後は時計を見ながら、走る状態になっていた。

曲がり角を曲がり、司は扉を開ける。

予約を入れたことを告げると、シェフはどうぞと奥の席を示した。

そこにはまだ、文乃がいなかったため、司はとりあえず一息吐き出すと席につく。

荒い呼吸をなんとか整え、汗ばんだおでこにハンカチを当てていると店の扉が開いた。

文乃かと思い顔を上げるがそれは別の客で、司のテーブルよりも2つ手前の席に座る。

司はさらにハンカチで額の汗を拭き、気持ちを落ち着かせようと大きく息を吐いた。

シェフの『いらっしゃいませ』の声が、聞こえてくる。

司が顔をあげると、入ってきたのは、文乃だった。

すぐに司を見つけると、文乃は笑みを浮かべながら席に近付いてくる。

司は、文乃から見える自分の姿がどこかおかしいのかもしれないと、

ズボンやワイシャツのボタンなど、思いつく場所を見直していく。


「こんばんは」

「こんばんは……」


文乃は楽しそうに笑っているが、司にはその意味がわからない。


「文乃さん、何かおかしいですか、俺」

「……ううん、そうじゃないの」


文乃は席につくと、

今、自分の横をスポーツカーのように走り抜けていった人がいると、そう言い始めた。


「司君、前を見ていたから、私が歩いていたこと、気付かなかったでしょ」

「……エ?」

「あ……って、声をかけたのに、すごい速さで遠くなっていたの」


文乃は駅の改札を出て少しの場所で、司に追い抜かれたとそう話した。

司は、文乃がいたことなど気付かずに、前ばかりを見ていたと返事をする。


「仕事が長引いてしまって。もう少し余裕を持ってここに来るつもりでしたけど。
全然余裕がなくて」


司は、慌てていたのをしっかり見られたのですねと、照れくさそうな顔をする。


「仕事で遅れそうだったら、連絡をくれれば大丈夫なのに。
無理したでしょ、汗……」


文乃はそういうと、自分のハンカチを差し出した。

司は、左手に持っていると言おうとしたが、

それは言わないままズボンのポケットに押し込み、文乃のハンカチを受け取っていく。


「すみません」

「慌てさせてしまって、ごめんなさい」

「いえ……」


文乃のハンカチだと思うと、汗を拭く手が緊張したが、

それ以上に、これだけ距離が近付いたのだと嬉しい思いが膨らんでいく。


「何にします?」


司がメニューを手渡すと、文乃は二人の真ん中に広げた。

互いの場所から少しだけのぞくようにしながら、それぞれの食べたいものを選ぶ。


「デザートはこれで……」

「はい」


二人はそれぞれの選んだものを組み合わせ、コース料理として注文をした。



【20-6】

それぞれの恋の色を塗っていくと、そこに見える『Color』は……
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