22 切なさのマーブル模様 【22-5】

【22-5】

「お先に失礼します」


陽菜が残っている教員にそう声をかけると、

『お疲れ様でした』の声が、届けられた。

幼稚園から駅に向かう間、陽菜は真帆が話していたことを思い出す。

大輔が自分に優しくしてくれたのは、仕事上の付き合いがあったからで、

有紗が大輔に対して、取った態度のことも謝らなければならない。



『吉本にはよく言っておきます』



大輔の仕事は、幼稚園だけではない。

そんなことは『フリーカメラマン』なのだから、当たり前のことだと思いつつも、

この後の行事には参加しないと聞かされ、どこか寂しさもあった。

大輔が子供たちに見せてくれる笑顔や、逆に子供たちが大輔のカメラに向ける笑顔。

その両方を思うと、これからの日々が100%にならない気がしてしまう。

横断歩道を渡り、駅につくと、陽菜はいつもと反対方向のホームに立った。



陽菜が駅につくと、改札の向こう側で大輔は何やら本を読んでいた。

陽菜はそのまま近付き、『こんばんは』と挨拶する。


「あ……こんばんは」


大輔は本を閉じると、カバンにしまう。


「何を読んでいたんですか?」

「エ? あぁ……」


大輔はカバンに閉まった本を取り出した。

それは『雲を呼ぶ人』という、数年前に映画化された小説で、

大輔は、以前、仕事をした出版社の人がくれたものだと話す。


「なんとなく、活字を見ていると落ち着くんですよ、昔から」

「へぇ……」


陽菜は、本を読んでいるとつい眠くなりますと、笑ってみせる。

大輔は自分もそうだと言うと、行きましょうと前を指差した。

陽菜は『はい』と返事をし、大輔の後をついていく。

この30分くらいの間に、陽はすっかり西に沈んでいた。



それぞれの注文を済ませた後、陽菜は前に座る大輔の顔を見た。

これ以降の幼稚園行事には、写真の担当が出来ないと言われ、

あの場では『そうですか』と認める返事をするしかなかったが、

こうして話す機会が出来たのだから、自分とは全く違う環境にいる大輔の仕事が、

どういったものなのか知ってみたくなる。


「白井さん」

「はい」

「これから、雑誌のお仕事だと言われましたよね」

「はい。『LIFE』という新聞社系の雑誌です」

「『LIFE』」

「はい。写真を中心とした雑誌です」


陽菜は今まで読んだことはないと思うと言い、

大輔も、男性の読者が多い雑誌ですよと、言葉を返す。


「あの、それで白井さんは、どのような写真を撮影するのかとか……。
あ、いえ、お話し出来ないものなら、無理には」


立場的に聞き出せない話なら無理には聞きませんと、陽菜は慌てて付け足していく。


「大丈夫ですよ。これから始まる仕事は、以前のように人物を追うものではないので」


大輔は出されたお冷に口をつけると、仕事用に持っているタブレットを取り出した。

テーブルの上に置くと、電源を入れる。

指で軽く操作すると、あるホームページを開いた。


「今回は、この団体が中心で動いているものです」


『アスナル』というNPOが手がけている、

ミャンマーでの支援活動がそこには掲載されていた。

陽菜の知らない人たちの、他国での活動が、その中に掲示されている。


「こういったことをするのは、この団体だけではないのですが、
今までの活動で集まった資金を使って、去年から地元に『小学校』を建設しています。
その学校の取り組みを色々な角度で記録に撮っていまして」


ホームページには、『新町幼稚園』の園児たちのような、

満面の笑みを浮かべた子供たちが映っている。


「学校に行くことなんて、日本人にとっては、当たり前ですけれど、
向こうの子供たちにとっては、本当に夢のような話なんです。
だから、自分たちの町に小学校が出来ることを、本当に心待ちにしていて」


陽菜は画面に映る子供たちの顔、そして小学校建設のため、

力を注いでいる人たちの真剣な顔を見る。


「そうだったのですか。こうして毎年……」

「いえ、何を追うかは、毎年違います。去年は日本の四季の中にある、
地域の祭りを追いました。その前は、漁師の活動に密着して、船に」

「船に乗ったのですか」

「はい。最初は結構酔いましたが、何度か乗っているうちになれました」


大輔は人間の適応能力はすごいですよと、笑顔を見せる。


「今回、外国に半年というのは、結構抵抗があったのですが、
まぁ、心配の種が一つ減ってくれたので」

「心配の種……」

「はい。以前も少し話した姉のことです。向こうにしてみたら、
心配なんてしてもらう必要はないって、怒りそうですけど。
やっぱり……昔の事故で、姉の幸せを自分が壊してしまったという重い気持ちが、
ずっと心にあり続けたのは事実ですし」


陽菜は、大輔にも抱えているものがあったのだと、そう思いながらお冷に口をつける。

ウエイトレスが前に立ち、それぞれのサラダやスープをテーブルに置いた。

頭を軽く下げると、その場から去っていく。


「でも、それが一気に解決したので」


陽菜は、お姉さんの足の具合がよくなったのかと、大輔に問いかける。


「いえ、姉の足は同じです。でも、姉を支えてくれる存在が出来ました」


大輔はそういうと、口元をゆるめ、そして笑い出した。

陽菜は、大輔がどうして笑うのかわからずに、困ってしまう。


「すみません、こんなふうに赤尾さんに話したと言ったら、
司に怒られそうですけど」

「エ……お相手は緑川さんですか」

「はい」


大輔は、ここから先は、自分がいなくなった後、またみんなで飲み会でも開き、

司から細かい話を聞いてくれと、そう言った。

陽菜は、以前、司に好意を持った樹里に対して、

頼まれて『擬似カップル』を演じたことを思い出す。


「以前は緑川さん、『結婚に冷めている』ような発言をしてしましたけど」

「そうですか。まぁ、色々とあいつにも葛藤があったと思います。
でも、それを乗り越えてくれたので」


大輔はこれ以上自分からは話せないですと、フォークを持ちサラダを食べ始める。

陽菜は、それではそれを楽しみにまた集まりますと、同じようにフォークを持つ。

やがてメインの料理が届き、食事は順調に進んだ。



【22-6】

それぞれの恋の色を塗っていくと、そこに見える『Color』は……
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