23 二人の思いがけない日 【23-5】

【23-5】

「黒木さん……」

「いいから」


祥太郎は、母と妹が目の前に立っているのに、強引に真帆を車に戻してしまった。

突然の行動に、真帆の母親は『出てきなさい』と、助手席の窓を叩く。


「出たらダメだ、走るよ」


祥太郎はそこでいきなりエンジンをかけた。

車に張り付いていた母親は、危ないと思ったのか思わず身を離す。

祥太郎はそのタイミングを狙い、そのまま走り出した。

『待ちなさい』と叫ぶ母親と、その後ろから傘を差したままで、

どこか冷めた目で見る美帆を残し、二人はマンション前から離れていく。

直線道路を走り、曲がり角で左に折れると、しばらく走り住宅街の道路に止まる。

5分くらい走ったのだろうか。

祥太郎はエンジンを止めた後、初めてそこで呼吸したのかと思うくらい、

大きな仕草で『ふぅ』と息を吐いた。

かけ続けていたFMラジオから、また別の曲が流れ出す。


「ごめんなさい。あれが私の母です」


真帆はそういうと、何度も『ごめんなさい』と謝った。

祥太郎は、真帆が謝ることではないからと、同じように何度も言い返す。


「信用金庫を辞めるといったときも、安定した企業を辞めるなんて、
あなたは人格が壊れているとばかりに、散々責められました。
それでも、歩み寄るところはないかと、思ったこともあったのに。
あんなふうに黒木さんに失礼なこと……」

「いや、いいんだ」

「でも……」


祥太郎は、真帆を見つめ『いいんだ』ともう一度念を押した。

真帆は、何がいいのかわからないと、泣きそうな顔で反論する。


「お母さんがあそこに飛び出してこなかったら、俺、また次もと言うくらいで、
黄原さんと別れていたと思う。親しくなっていることもわかっていたから、
逆にどう出ていいのか考えていたし。でも、『お友達』って連呼されて、
正直、何を! って……」


祥太郎はそういうと、笑みを浮かべた。

真帆は、雨で触れてしまったブラウスの袖に車の冷房が当たり、

その冷たさに少し腕を押さえながら、黙ったまま祥太郎の言葉を聞き続ける。


「俺は、黄原さんのお友達になんて……なりたくない」


祥太郎はそういうと、真帆の方を見た。

真帆もその視線を感じ、少しだけ横を向く。


「俺は……あなたが好きです。
お友達じゃなくて、これからは、大切な人とそう思ってもらいたい」


祥太郎は、改築の相談をするようになってから、真帆の裏表のない表情に、

何度も癒されてきたと、そう話し続けた。


「あの店を継ぐことは間違っていない。これを一生の夢だと、胸を張っていいんだと、
そう自信をつけてくれたのは、黄原さん、あなたです」


祥太郎は、改築の許可が出たのは嬉しかったが、

正直、真帆との距離が詰められなくなったと、考えたことまで話していく。


「いきなりだったので、確かに少し驚いたところはありましたが、
お母さんに感謝ですよ。こうして、ハッキリ言えて」

「……黒木さん」

「俺と、お付き合いしてくれませんか」


真帆は、自分の頭の中と、現実とにギャップがあり、

どうしたらいいのかわからなくなっていた。それでも、言われたことは理解できたため、

その気持ちには応えたいと、思わず祥太郎の左手をつかむ。


「ん?」


真帆は、自分の行動がおかしい気がして、慌てて手を離した。

言葉よりも先に動いてしまったことが恥ずかしくなる。


「なんだか、突然で……」

「あはは……本当だ、ごめん」

「いえ、謝る話しじゃなくて……」


真帆は、目頭が熱くなるのを感じ、照れ笑いをしながら何度か瞬きをした。

嫌われてはいないと思っていたが、こんなふうに考えてくれているとはわからなかった。

それでも、心の底から望んでいた瞬間が、あんな最悪のシーンから急展開で現れる。


「黒木さんが、私が最初に、緑川さんと間違えたことを変に思ったりせずに、
話を聞いてくれた時から……私はずっと……あなたが好きだった気がします。
お店の話も、今までイヤになっていた『信用金庫』の経歴を生かせることになって、
気持ちが前向きになりましたし。でも……」

「でも?」

「本当に、自分に自信がなくて。一生懸命考えると、いつも空まわりで。
だから、企画書の直しを持って部屋をウロウロしたり、電話を握っては戻したり。
みんなで会っているときには声も出るのに、1対1だと思うと、
何も出来なくなって……」


自分の思いを語り続ける真帆を、祥太郎は運転席からそっと抱きしめた。

互いの呼吸が聞こえる距離に、真帆は言葉が出なくなる。


「あなたのそんなところは、とても素敵です。
お互い、器用な生き方をしてこなかっただけに、通じるものがあるというか」


真帆も祥太郎の言葉に、何度も頷き返す。

山もあり、谷もある中で、居場所を見つけようともがいてきた日々。


「それでも……こんな自分たちを認めてくれる友人がいるじゃないですか。
だから、俺は今の自分に満足しています」

「……はい」


真帆も、その通りだと思い、声を出した。

生き方が下手だと、妹に笑われたけれど、陽菜も有紗もそんな自分を認め、

長い付き合いを続けてくれている。


「黄原さん……」


祥太郎の声に、真帆が顔の角度を変える。

二人の唇がそっと触れ、そしてすぐに離れてしまう。


「大丈夫ですか? この後」

「大丈夫です」

「俺、残りましょうか」

「いえ、私が言います。私の母と妹ですから」


真帆はそういうと、笑みを浮かべる。

祥太郎はそんな真帆の頬に触れると、もう一度唇を近づけていった。



【23-6】

それぞれの恋の色を塗っていくと、そこに見える『Color』は……
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