24 全てを聞き終えた後 【24-1】

24 全てを聞き終えた後
【24-1】
9月の風は、昼と夜とで全く別の気分を持っている。

太陽があるときには、ともに暖かさを演出するが、夕暮れになり太陽が顔を隠すと、

冷ややかな一面を見せた。

久しぶりに陽菜と瞬が待ち合わせたのは、二人で会うようになってから、

何度か利用した喫茶店だった。

先に着いたのは陽菜で、とりあえずブレンドを注文する。

窓から見える景色も秋の色を増し、

青々としていた街路樹も赤や黄色が強くなってきた。

しばらく風に揺れる葉を眺めていると、視線の隅に人影を感じ、

陽菜はその姿を確かめた。


「ごめん」

「ううん……」


瞬は陽菜の前に座り、注文を取りに来たウエイトレスにブレンドを頼む。

陽菜は、速まる鼓動を落ち着かせようと、

外の景色が秋らしくなったことに触れようとしたが、

瞬はためらうことなく、会話の口火を切る。


「陽菜」

「何?」

「今日は、全て話をするつもりで来た」


瞬の『全て』という言葉に、陽菜はどういう意味なのかわからず、

思わず『エ……』と聞き返す。

一緒に歩むことを決めてから、互いに隠すことなどないと思い込んでいた。

その言葉を聞いたからなのか、久しぶりに、陽菜の目の前に座った瞬の表情には、

どこかに近づけない空気があるような気がしてしまう。

何かを質問しようとも、跳ね返されるような気配があり、

陽菜は、不安な気持ちと向き合わないように、視線をコーヒーカップに移し、

軽く口をつける。いつもなら砂糖とミルクを入れるのだから、

さすがにブラックは苦いと思い、今度は砂糖をスプーンで入れてかき混ぜていく。


「まどろっこしい言い方をしても伝わらない。だから、結論だけ先に言う」


『結論』。

陽菜は瞬を見た。『結論』はすでに出ているのではないだろうかと思うが、

瞬は陽菜とは正反対に、どっしりと落ち着いて見える。


「純香とは、別れないことになった」


瞬は、そういうと、目の前にいる陽菜に『ごめん』と頭を下げた。

陽菜は、どういう反応をしたらいいのかわからず、黙ってしまう。


「何を考えているんだって、言いたいだろうと思うし、言われても当然だ。
非難も全て受け止める覚悟ができた。
でも、俺には俺の理由があることだけは知って欲しい」


純香と別れないということは、自分とは未来を見られなくなったということ。

そんな当たり前のことを、陽菜は頭の中で何度か繰り返す。

『自分はこの選択で全てを無くすのだ』と自分に言いきったあの思いは、

どこに消えたのだろうかと、陽菜はただ息を吐くことと吸うことを繰り返した。


「陽菜も覚えているだろう。俺が大学生の頃。
とにかく、毎日バイトに明け暮れていたこと」


瞬が大学2年の冬、父親が勤めていた中小企業が倒産し、

家族は急に基本的な収入が入らなくなった。失業保険や、母のパートなど、

出来ることはしてきたが、生活は苦しく一時は退学も考えたという。


「大学を休学してくれとか、退学してくれないかとか、親には言われたけれど、
俺は絶対に嫌だった。中小企業に入ったのは親が選んだことだ。
その失敗をどうして俺が背負うんだって、当時はけんかばっかりして」


結局、陽菜たちも世話になった大学の教授が、瞬と親、そして学校との間に入り、

学費は分割で払うことが決まり、なんとかバイトで乗り越えた。


「その時に思ったんだ。うちの父親は真面目に働いていた。
休み返上で、仕事をしていたこともあったし、
決して会社のマイナスになるような社員じゃなかったはずなんだ。
それなのに、いざとなったら、誰も守ってくれなくて。
俺は、そんなふうに、人に左右される仕事はいやだって、そう思った」


普通の企業に入ることはせずに、瞬はバイトをしたことがあった店で、

卒業後働き始めた。それが『ミラージュ』になる。


「あの店で、大学を出ているのは俺と数人しかいなくて。だから仕入れなども任された。
バイトをしていた頃から、オーナーは仕事が出来る人間には、それなりの金をくれたし、
実力を認めてくれる人だったから。そこで……純香と出会った」


オーナーの娘である妻の純香は、店で働く瞬を信頼していたと言う。


「言われたんだ、俺は商売の才能があるって」


純香は、瞬に商売の才能があると言い、

瞬も自分を認めてくれる女性に、自然と距離を近づけた。

陽菜との恋はその頃終わりを迎えていたので、互いにパートナーと思えるまで、

時間はかからなかったという。


「でも、あいつはドライなところがあって。純香は自分自身が前に出て行く女性だ。
店のことにも会社のことにも口を出す。それがイヤだと思うようになった頃……
陽菜と再会した。ただ、あの頃は陽菜を見て、懐かしいと思っていたし、
自分とは別の道を歩き始めたと考えて。気にならなかったわけではないけれど、
でも、学生と今は違うのだからって……」


しかし、純香との関係が、ますますビジネス色が強い関係になっていく過程で、

瞬は陽菜との日々を、取り戻したいと思うようになったのだと語り続ける。


「24時間、仕事の中にいるようにしか、考えられなくなった。
義父のこともオーナーとしか思えないしって。結婚って、こんなことじゃなくて、
互いに思いあって、寄り添うことが幸せだと、陽菜と話しているうちに、
そう考えるようになった。だから、全てを捨てようと考えた。
あの気持ちはウソじゃないんだ」


陽菜の前で瞬が語っていることは、どこかわかっていたようで、

全く知らなかったような、そんな複雑な過去だった。

陽菜は、『決別』を宣言されているはずなのに、空洞は感じるものの、

怒りのような感覚は、思っている以上に出てこない。

どこまで聞いたら涙が出るのか、

どこまで聞いたら、怒りのエネルギーに自分が包まれるのかと待っているのに、

そのタイミングはなかなか現れない。


「だから最初に妊娠がわかったときも、俺は産まなくていいとそう思った。
俺たちは夫婦ではなくて、ビジネスだけでつながっていたと感じていたから」


陽菜とのことがあり、『離婚』を切り出した瞬に対して、

純香は首を振り、決して頷かなかったという。


「そうしたら急にアイツが変わった。今まで仕事のことしか話題になかったのに、
履いていた高いヒールを辞めて、酒も一切飲まなくなった。いや、そういう場所、
つまり店にも顔は出さなくなって……『母』になろうと、努力し始めた」


娘である純香の妊娠を知った義父は、大変喜び、

今まで従業員の延長上にしか見てくれていなかった瞬のことを、

跡取りの一人として扱うようになったという。


「『ミラージュ』を始めとした、都内にある5つの店舗の責任者を、
俺に任せると、そう言ってくれて……」


瞬はそこで大きく息を吐いた。



【24-2】

それぞれの恋の色を塗っていくと、そこに見える『Color』は……
みなさんのコメント、拍手、ポチなど、お待ちしてます。

Pagination

Trackback

Trackback URL

http://momonta1108.blog75.fc2.com/tb.php/3264-e5d7543f

Comment

Post Your Comment

コメント登録フォーム
公開設定

Utility

プロフィール

momonta

Author:momonta
ただいま、怪獣2匹を飼育中の、お気楽主婦です。
日々のちょっとしたこと、趣味で取り組んでいる『創作』を、このブログに書いていきたいと思っています。
飲み物片手に、立ち寄ってくださいね。

なお、作品の無断転載やお持ち帰りはご遠慮ください。
著作権は放棄していません。お願いします。

ただいま、連載中!

あなたの色と私の色。6人の恋模様が生み出す『COLOR』は……
ただいま発芽室では『Colors』を連載中! こちらからどうぞ

カレンダー

04 | 2017/05 | 06
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -

お供、提供中!

この人は誰だろう……悩んだ時には、迷わずGO!
発芽培養所では『Colors 50音人物紹介』を掲載中! こちらからどうぞ

FC2ブログランキング

小説・文学部門に参加しています。

FC2Blog Ranking

毎日1回、ポチッとしてもらえたら嬉しいです。見えないライバル達と、格闘中!

いらっしゃいませ!

QRコード

QRコード

アクセスランキング

[ジャンルランキング]
小説・文学
453位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
ロマンス
6位
アクセスランキングを見る>>