25 お酒と本音とため息と 【25-2】

【25-2】

「そう、食べ物はいいの」

「いいの?」

「いいの……陽菜がお寿司を取るって言っていたから」


大輔に話したとおり、有紗は自分から真帆と陽菜に連絡をし、

その日、陽菜のマンションへ集まることに決めた。

総務部の仕事は、担当する人に左右される秘書課とは違い、

ほぼ予定通りに流れていく。

有紗はデスクで真帆に連絡をし、何を持って行けばいいのかと尋ねたが、

食事は必要がないと言われ、

それならば駅近くにある、かわいらしい洋菓子店へ寄り、

『マカロン』でも買って行こうかと考え始める。

廊下を出て、エレベーターまであと少しというところで、

目の前に立ったのは、灰田のそばにいつもいる水島だった。


「山吹さん、灰田部長がお呼びです」

「部長が?」

「はい」


水島は、この後まだ仕事があるので、今部屋へ向かって欲しいと有紗に迫った。


「灰田部長が、私を呼ぶ理由はないと思いますが」


有紗は、所属も変わったのでと頭を下げ、その場を去ろうとする。


「用事がなければ、呼びませんよ」


有紗は、水島の表情がいつもとは違っているのを感じ、

これはあまり強く出ないほうがいいだろうと判断した。

有紗は、わかりましたと、方向を変える。

エレベーターの上向きボタンを押し、誰もいない中に水島と二人乗り込む。

扉がしっかりと閉まると、エレベーターはゆっくりと上昇した。



秘書課にいたときには、毎日歩いた場所だった。

女性たちの華やかな笑い声が響いていた場所は、今、広報室という別の名前に代わり、

以前より少ない人数の社員が入り、数台のパソコンを駆使している。

水島もその中で仕事をする一人だった。


「どうですか、総務部は」

「……どうしてそんなことを聞かれるのですか」

「灰田部長が、山吹さんのその後を、気にされていましたので」


有紗は、冷たく自分を突き放した灰田が、そんなふうに考えるわけがないと、

水島から顔をそらす。


「ご心配は結構です」


有紗はそう答え、部長室の扉を叩いた。

今まで何度も聞いた人の声が、聞こえてくる。

有紗は、『失礼します』と言いながら、中に入った。

水島もその後に続き、扉はパタンと閉められる。


「ご用件というのは、どういうことでしょうか」


有紗は、今更どんな理由で呼び出されたのかわからず、灰田の方を見た。

灰田は、ソファーからゆっくり立ち上がると、有紗の正面に立つ。


「栗田大悟という男を、知っているか」


『栗田大悟』の名前を聞き、有紗は灰田の顔を見た。

灰田は、その有紗の態度が、『知っている』と返事をしたのだと思い、

一気に顔を曇らせる。


「やはりそうなのか」

「どういうことですか。私は栗田さんという方に、会社の前で声をかけられました。
ただ、それだけです」

「ただそれだけ?」


灰田は有紗がまるでウソをついているのだとばかりに、『はぁ』と息を吐いた。


「声をかけられただけというのは、ウソだろう」


灰田は、たった一言で、有紗を決め付けてしまう。


「ウソ? いえ、ウソではありません。本当に……」


有紗は、今更と思いながらも、自分がウソつきよばわりされるのはたまらないと、

必死に弁明しようとする。


「それならば、私があの店に持ってきてくれと頼んだ資料の中身を、
どうして彼が知っている」

「あの店……」

「あぁ、君に資料を頼むと、電話をして持ってきてもらったものだ」


『あの店』というのは、有紗が以前、灰田に呼び出され資料を運んだ店のことだった。

その前に、喫茶店で間宮あかりと待ち合わせたことも思い出す。


「あの……」

「もちろん、間宮さんにも聞きました。しかし、間宮さんのお話では、
資料を自分が渡すと言ったのに、山吹さんが灰田部長に直接渡すと、
手元から離さなかったとそう聞きました。『これは内部資料』だと言われて、
相当腹を立てたので覚えていると……」


有紗の後ろに立った水島は、そうあかりの代わりに答えた。

灰田は両腕を組み、有紗を見る。


「君が協力をしてくれると、栗田がそう言った。
私に恨みがあるというのなら、それは残念な話だが仕方がない」

「……部長」

「君には、秘書課時代、色々と目をかけてきたつもりだったが、
恩をあだで返されるというのは、こういうことを言うのだな。非常に残念だ」


灰田はそういうと、『はぁ……』と大きく息を吐く。

それは、女性としてというより、人として信用できないと言われている気がしてしまう。


「部長、それはおかしいです。私は栗田さんに協力などした覚えもないですし、
これからもするつもりはありません」

「もういい。君に聞きたい話しは終わった」

「部長……」


灰田は、これから仕事が詰まっていると言い、有紗の横を通り過ぎる。

有紗の声は、灰田心には響かないまま、重たい空気とともに床の上に落ちた。

有紗の愕然とした表情を、水島は確認する。


「退社の前に、失礼しました」


それだけを告げると、水島は灰田を追いかけるように出て行った。



【25-3】


それぞれの恋の色を塗っていくと、そこに見える『Color』は……
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