25 お酒と本音とため息と 【25-4】

【25-4】

「陽菜」

「何?」

「ごめんね……私、この間、みんなとの飲み会で酔っ払って。
余計なことを言った」


食事を始めてしばらくすると、そこまで重めだったそれぞれの口が動き始める。

有紗は、近頃精神的に辛いことが多くて、その鬱憤が出てしまったと、

陽菜に謝罪した。真帆は、有紗らしくない行動だったと、

実際の姿をその日に見ていたため、つい口に出してしまう。


「そうだよね、真帆にも迷惑をかけました」


有紗は、体を真帆の方に向け、あらためて頭を下げる。


「だから今日はね、全部話そうと思ってここへ来たの。
今までは心の奥に押し込んで、何も言っていなかったから」


有紗は、そういうと勢いをつけるために、サワーに口をつけた。

『全部』という言葉の奥に、色々な出来事が詰まっていそうで、

真帆は一度陽菜と顔を見合わせると、心配そうにどんなことなのと聞いた。

有紗はグラスをテーブルに戻す。


「絢先輩の結婚式の時、真帆に言われたじゃない。上司はどんな人で、かっこいいのか。
テレビドラマにあるような出来事はないのかって」


4月、今から半年ほど前に出席した結婚式。

真帆は、そうだったねと頷いていく。


「その通りだったのよ、私ね、部長と『不倫』していた」


有紗は、自分の上司にあたる灰田と、1年以上『不倫』の関係にあったことを、

二人に初めて語った。真帆も陽菜も思いがけない話に、声が出せなくなる。


「その広報部長だっけ? その人とってこと?」

「そうよ、『リファーレ』の灰田広報部長。元々、別の会社にいたのに、
仕事が出来るから引き抜かれてうちへ来た。
もちろん最初は秘書としてしか接していなかったけれど、そばにいて色々と見えるでしょ。
そうすると、男性としても魅力的なとこがたくさんあった。
決断力とか、状況を読み取る目とか」


有紗は、担当秘書として選ばれたことが、誇りに思えるような時間だったと、

当時のことを振り返る。


「灰田部長に奥さんがいるかどうかなんて、私にはどうでもいいことだった。
部長のそばにいられること、一緒に行動できること、
その日々に、いつの間にか当たり前の常識が、崩壊していたんだと思う」


有紗は、名前の知られている企業に勤め、実力を持つ男のそばにいられることに、

どこか優越感を感じていたと思いを説明する。

真帆は、そういえば有紗がいつも『灰田』の名前を出し、褒めていたことを思い出す。


「そういえば……よく褒めていたよね、有紗」

「うん。本当に全てにおいて尊敬できると思っていたから」


有紗は、会社のゴタゴタがなければ、今もその『夢』の中にいたかもしれないと、

苦笑する。


「ところが……会社の『クーデター』にまつわる出来事があって、
灰田部長の動きを、白井さんがカメラで追っていた。それを知ったときは、
どういうことなんだって責め立てたけれど、実は、私自身が、
その頃からおかしいなと気付き始めていたの」


有紗は、今まで見かけたことのない人が灰田のそばに立っていたこと、

自分との距離を、そこから急に開け始めたことなど、イライラの原因になった事実を、

一つずつ丁寧に話し重ねていく。


「白井さんは、灰田部長の冷たさとか、ずるさに気付いていたんだと思う。
でも、仕事で知りえたことだから、人には話せない。
私が知っているのなら教えてくれと迫ったときにも、『核』は語ってくれなかった。
でも、彼は正直な人でしょ?」


有紗はそういうと、横にいる陽菜を見た。

陽菜は確かにそうだと思い、小さく頷き返す。


「彼の見せる表情で、あぁ、これは間違いないだろうなと。そこからだった。
私は灰田にとって、お遊びに過ぎなかったんだって。それがどんどんわかってきて」


有紗はチューハイの缶に残っていたお酒をグラスに注ぐと、

『はぁ』と大きく息を吐いた。

真帆は、ここのところどこかトゲトゲしていた有紗の気持ちが初めてわかり、

ここへ来るまで、近頃の態度を改めさせようと思っていた感情が、しぼんでいく。


「陽菜だって『不倫』しているのに。前に会ったとき、堂々と宣言していたでしょ。
私もって叫びたかったけれど、今思えばきっと、
心のどこかで、この現実を予想していたのかもしれない。
陽菜のように、両思いではないってこと、気付いていたのかも」


陽菜は、前にこの部屋で、瞬とよりを戻そうとしている話を披露したことを思い出す。


「私と灰田のことを、実際、写真を撮る中で気付いていたのが白井さんだったから、
彼にはそれからも何度か、現実を教えてもらおうとしたの。
でも、白井さんったら、盆踊り大会の後、
陽菜が園児と別れるのが悲しくて泣いていたとか、本気で心配していて……。
内心、私、陽菜も私と同じように『不倫』で苦しんでいるんですって、
叫びたくなってしまって」


有紗はそこまで言うと、陽菜の顔を見る。


「だって、白井さん、陽菜のことはとてもまっすぐで、
純粋みたいに、思っているから……」


有紗は、陽菜の顔を見た後、『ごめんなさい』と頭を下げる。


「有紗……言いすぎだよ」

「だから今、謝った。もう今日は全部言わせて。失礼なことも、わかっているけれど、
とにかく……」

「いいよ、有紗。そうだよね、私だって『不倫』だもの」


陽菜は、大輔が確かに自分をよく心配してくれていたと、

今まで何度かあった出来事を思い返す。遠足と同じ日にあった、初めての飲み会。

表情がまるで違うと言われ、大輔は陽菜に手でファインダーを作った。

盆踊り大会の夜も、突然泣き出した陽菜に追い出されるように、

大輔は幼稚園を出て行ったし、おとまり会の日にも、屋上に向かう階段で、

大輔は陽菜を元気付けようと、幼稚園の先生という職業を、精一杯褒めてくれた。

そして……ミャンマーに旅立つ前、

全てを語った後も、『応援する』という言葉を、陽菜に向けてくれた。


「有紗」

「何?」

「実はね、私もダメになった」


陽菜の突然の告白に、真帆と有紗はすぐに顔を上げた。



【25-5】

それぞれの恋の色を塗っていくと、そこに見える『Color』は……
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