26 遠い場所の笑顔 【26-2】

【26-2】

「おはようございます」

「あ、はるな先生。見てください、これ」


次の日、陽菜が幼稚園に向かうと、職員室に1枚のハガキが貼り出してあった。

それは、写真をハガキとして利用したもので、差出人は『白井大輔』となっている。



『『新町幼稚園』の子供たちと同じような、笑顔に囲まれています』



大輔の字で、そう文章が書かれていた。

写真はミャンマーで、完成した小学校を喜ぶ子供たちの笑顔そのものだった。

陽菜は他の保育士が見終えたハガキを受け取り、その表と裏を見る。

昨日、司と話をした時には、到着の電話から具体的な連絡はないと聞いた。

もしかしたら今頃、司も同じようなハガキを見ているだろうかと考える。

知らない土地で、どう過ごしているのかと思っていた大輔が、

確かに仕事をしていて、元気なのだとわかった陽菜は、

そのハガキを、隣から覗き込む同僚に渡す。


「すごいですね、ミャンマーなんて」


後輩は、まだ一度も外国には行ったことがないと言うと、

切手の模様はなんなのだろうと、別のところに興味を持ち始めた。

陽菜は、間接的な現状報告に、自然と笑みが浮かぶ。

笑顔を見せている子供たちと、大輔がどんなふうに過ごしているのか、

一部が見えてしまうと、さらにその見えない部分が気になりだす。

机に置いてある、運動会用の衣装蛾入ったダンボール。

陽菜はそれを持ち上げると、保管クラスである『うさぎ』組に向かった。





『姉ちゃん、元気だから心配しないように』



大輔の書いたもう1枚のハガキを受け取ったのは、司ではなく文乃だった。

『アプリコット』の寮に届いたハガキは、幼稚園に届いたものとは違い、

大輔が数名の日本人と、現地の子供たちを入れ、一緒に映っているものになっている。

『スタッフのみなさん』とそれぞれの名前が書いてあり、

文乃はそれを戸棚の上に置き、仕事をするための身支度を整えた。





「手紙が?」

「うん」


文乃は仕事を終えた後、司と会う約束をしていたため、届いたハガキを持っていった。

文乃は、司君のところにも届いたのかと聞く。


「届きませんよ。あいつはそんなにマメなことはしないでしょう」

「……そういえばそうかも。でも、ハガキくらいみんなに出せばいいのにね。
心配してくれているのに」


文乃は、小さい頃から面倒だと思うことはすぐに避ける子だったと、

大輔のことを言いながら、コーヒーに口をつける。


「いや、こうして文乃さんに見せてもらえばいいと、そう思っているんでしょ。
あいつは」


司はそういうと、写真に写る大輔の顔を見る。

大輔が『仕事の仲間』と書いたメンバーの顔ぶれは、

やはり同じように若い世代に固まっているように見えた。

大輔と2人の男性、そして1人の女性。


「向こうに行ってやっと半月か……長いな」


司は、大輔とくだらないことで酒が飲めないのは寂しいですと、

そう言いながら笑ってみせる。

文乃は、ハガキを祥太郎君にも見せてあげて欲しいと頼み、

司は『そうだね』と受け取った。





陽菜は仕事を終え、駅前のスーパーに立ち寄り、野菜や肉、そしてパンを買った。

レジに並び順番を待っていると、買い物を終えた若い夫婦が、

何やら話しながら袋に詰めている姿が見える。

奥さんの方はおめでたなのだろう、お腹が大きく膨らんでいて、

ご主人は、ビニール袋を両手にぶら下げると、

奥さんをいたわりながらそのまま店を出て行く。

陽菜は、子供に未来を広げてもらったと話した瞬にも、

あんなシーンがこれから訪れるのだろうかと、ふと考える。

レジ担当の女性に、『いらっしゃいませ』と頭を下げられ、現実に戻ると、

陽菜は買い物カゴを台の上に置いた。

パートは手際よく品物のバーコードを機械に通し、そのたびに電子音がピッと鳴る。


「1,538円でございます」


陽菜は財布からお金を取り出し、そしてお釣りを受け取っていく。

レジ袋にひとつずつ詰めると、それを持ち店を出た。

商店街の街灯の下を、ビニール袋を下げながらゆっくりと進む。

妻と別れ、新しい道を進むと言ってくれた瞬が、急に態度を変えた日。

陽菜は『二度と会わない』と宣言し、話をした席を立った。

大学時代は、『夢』と『現実』の狭間をさまよっていることに、自分たちが酔っていて、

明日は明日であればいいし、未来など自然に送れるものだとそう信じていた。

だからこそ、瞬と思いがけない場所で再会したときも、

『結婚』という現実はわかりつつも、

どこか身勝手にさまよえる隙間が、見えていたのかもしれない。

気持ちなどないと言っていた妻と、それなりの時間を持っていたこと、

子供などいらないと言っていたくせに、急に態度を変えたこと、

陽菜は、これでよかったのだと、あらためてそう思い始める。

明日からまた、新しい一歩を踏み出そうと、どこまでも続くような道の先を見た。





『新町幼稚園』の運動会は、快晴の中で行われた。

園児たちは、一生懸命に練習した演技を、親の前で精一杯頑張り、

運動が得意な子は、前日から眠れないくらい興奮しながらもリレーを走り、

いつも泣いてばかりいる苦手な子供も、観客たちのあたたかい励ましに、

最後まで泣かずにゴールまで走った。

園長先生は、『全員の頑張り』を褒め、子供たちは記念品をもらう。

たくさん並べられたビニールシートは、あっという間に取り去られ、

会場として借りた近所の小学校に、ゴミを残さないよう、

職員たちは全員でゴミ袋を持ち、片づけを終えた。


「はぁ……疲れました」

「お疲れ様。初めての運動会は、どうだった?」


陽菜は、『りす』組の副担当として入ってきた、新人にそう声をかけた。

疲れましたと言った後輩だったが、すぐにその何倍も嬉しかったですと、

両手を大きく広げてみせる。


「そう」

「はい、幼稚園の先生になって、本当によかったって……」

「うん」

「子供たちに、あんな笑顔を見せてもらえる仕事なんて、他にはないですからね。
もう……みんな、かわいくて、かわいくて……」



『笑顔をたくさん作ってやれる幼稚園の先生って仕事は、いい仕事ですね』



後輩の言葉に、大輔が言っていたセリフが重なっていく。

陽菜は、次は『発表会』があるからねと、後輩に声をかけた。



【26-3】

それぞれの恋の色を塗っていくと、そこに見える『Color』は……
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