26 遠い場所の笑顔 【26-4】

【26-4】

『華楽』でも工事の話しがいよいよ具体的になり始め、

祥太郎は改築工事が行われる間、仮住まいとなるマンションに荷物を運び始める。

父明彦は、長い間地面を見ながら生活してきたので、

3階というのはお尻がムズムズしそうだとごねていたが、

店に通える場所という条件があったため、そこは仕方なくOKを出した。



『しばらく荷物だらけの生活です』



祥太郎からのメールを受け取った真帆は、久しぶりに実家へ戻るところだった。

退院した父はすっかり元気になり、食事も残さず食べている。


「ごめんね、病院にも行かなくて。行くとお母さんと会いそうで嫌だったから……」


真帆は、そう父に自分の気持ちを正直に告げた。

高校生くらいになると、友達はみんな父親を毛嫌いしていたが、

真帆は今まで一度もそんなことがなかった。

むしろ、母に言えないけれど父には言えるという事がたくさんあって、

迷ったときに意見を聞くのは、いつも父だった。


「そんなこと気にするな。ちょっと仕事がたてこんでいて、疲れてフラッとしただけだ。
それを検査だのどうのこうのって」


真帆の父は、大騒ぎをしたせいで、入院期間が長引いたというと、

酒でも飲もうかと真帆を誘う。


「ダメ、調子に乗らないの。しばらくは辞めておいたほうがいいよ。
また年末にでも戻ってくるから、その時にしよう」

「なんだ、真帆。つれないな」


愛想のいい方ではない父だが、真帆には昔からよく話しかけてくれた。

リビングでテレビを見ている美帆が、チャンネルを変える。


「お父さんはお姉ちゃんがいると、機嫌がいいんだよね」


美帆はそういうと、テーブルの上にあるたくあんを1枚口に入れた。

ポリポリという音が、聞こえてくる。


「美帆は一緒に住んでいるからそう思うだけです。ねぇ」

「あぁ、真帆も美帆も両方とも娘だからな」


父がお茶をと真帆に言ったため、真帆は立ち上がると急須にお湯を入れる。


「で、どうなの? 『中華料理屋の御曹司』とは」


美帆はそういうと、父親の隣に座る。

真帆はどういう言い方をするのだと、軽く美帆を睨んだ。


「なんだ、真帆の彼か」

「そうよ、お姉ちゃん彼氏が出来たんだって。またこれが、お母さんの理想を、
完全にひっくり返したような男なの」


美帆は、父親の前にあった新聞を取ると、テレビ欄を見始める。


「美帆の言い方には、意味のないトゲばっかり。黒木さんはいい人です。
お母さんの方がおかしいの」

「……黒木さんって言うのか」

「うん。ご両親と一緒に、『華楽』っていう中華料理店をしているの。
『原田運送』からもそんなに離れていないのよ」

「『華楽』?」

「うん」


真帆は、父が聞き返すような態度を取ったので、

何かあるのだろうかと思い少し身構えた。

あの母に反対されるのはどこかで予想していたことだが、

この父に反対されるとなると、話しはまたややこしい。


「『華楽』で黒木さんって……もしかしたら『絹林』の方か?」

「うん……」


真帆の父は立ち上がると、リビングから出て行ってしまう。

真帆は、お茶を入れるはずだったのに、父の予想外の行動に、そこから動けない。


「何かあるんじゃないの? この展開」


美帆は、真帆が困っているのが楽しいのか、新聞で顔を隠して笑い始めた。

真帆は、急須を置くと、出て行った父親を追いかける。

父が入っていったのは、物置代わりの2畳ほどの部屋だった。

そこに押し込んだアルバムを取り出す。


「お父さん」

「なぁ、真帆。『華楽』というのは、この店か?」


父親が広げてくれたアルバムに映っていたのは、今よりも若い父の姿だった。

確かに、どこかの店で楽しげに宴会をしているように思えるが、

これが『華楽』だと言える証拠が見つからない。


「お父さん、これじゃ」


1枚ページをめくると、そこに映っていたのは、間違いなく『華楽』の入り口だった。

今と変わらない暖簾と、引くとカラカラと音がする扉が映っている。


「エ? どうして? そう、ここ。ここがそうなの」

「おぉ、そうなのか」


父は楽しそうに笑うと、それは偶然だと嬉しそうに言った。

真帆は、どうして父が『華楽』に行っていたのかがわからず、

そこに並べられた数枚の写真を見続ける。


「お父さんな、今から20年くらい前に『商業地域調査』という仕事があって、
しばらく『絹林』の役所に臨時で出かけていたんだ」


今から20年くらい前、真帆が小学校に入りたての頃の話になる。

父は別の役所の所属だったが、『絹林』で成功している商店街の状況調査という仕事で、

3ヶ月ほど、異動していたという。


「この商店街は、比較的他の地域よりも早く立ち上がったところで、
店の並びも作りも、見本となるところが多かったんだ。『絹林』の役所は、
ちょうど建て直しの頃で、食堂もなくて……よくこの店へ昼飯を食べに行った」


写真に写っている若い父は、確かに数名の職員と、ビールを飲んでいる。


「これ、昼間じゃないでしょ。お酒飲んでいるもの」

「おぉ……そうか、それじゃぁ、ゴルフの後かな」


父は楽しそうに昔話をしてくれる。数枚ある思い出の写真に、

小さな子供の後姿が映っていた。



【26-5】

それぞれの恋の色を塗っていくと、そこに見える『Color』は……
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