26 遠い場所の笑顔 【26-6】

【26-6】

ミャンマー、イラワジ川の上流にある村に、大輔は生活していた。

NPO『アスナル』のメンバーが中心となり、

建築した小学校は、この秋で開校1周年を迎えた。

子供たちは大輔たちを誘い、校内で感謝の会を開いてくれる。

歌や踊り、言葉はわからないところも色々とあるが、

大輔は子供たちのキラキラした目を見ながら、

『新町幼稚園』の園児たちのことを思い出す。

その日は、宿舎として借りている家に戻ってからも、

しばらくはメンバーたちと話しが弾んだ。

現地で調達したお酒を囲み、リーダーの『平居直弘(なおひろ)』は

だんだんと顔が赤くなっていく。


「あぁ……もう、ダメ」


志穂は、子供たちの歌を思い出すだけでまた涙が出てきてしまうと、

照れ笑いをしながらハンカチを目にあてた。

直弘はソファーに寝転ぶと、このまま眠りそうだと手を頭の下に置く。


「あ、ダメ、ダメ。眠るのは自分の部屋に戻ってください」

「そうですよ、俺は行きますからね、先に」


もう一人のメンバー『糸井彬(あきら)』は、それじゃお先にと、

大輔の部屋から2階に上がっていく。


「どこだって一緒だろう。リビングでもソファーでも、眠れるところですぐに寝る。
それが健康の秘訣」


直弘はそういうと左手をあげる。


「どこでって、ここは大輔の部屋でしょう。もう、あれでリーダーなのかな」


志穂は、直弘にあらためて上の部屋で寝るようにと声をかけるが、

手は動くものの、体は全く動かない。


「いいよ。俺、まだカメラいじってここにいるから。
終わる頃声をかけたら、起きると思うし。起きなかったら、俺が糸井さんと寝るから」

「起きるかな」

「起きるよ。平居さん、目覚めはいいから」


志穂は、大輔がそういうのならいいけれどと、そばにあったレンズを手に取り、

ランプの前においてみる。


「ねぇ、大輔」

「何?」

「そんなに磨かなきゃダメなの? レンズって」


志穂は、毎日こうしてカメラの部品を磨いている大輔を見ていて、

いつも思っていたとテーブルに両手を乗せ、その上に顎を乗せた。


「まぁ、そうなんだけど、なんとなくね」


大輔は、一瞬を取り損ねたくないからと、口元をゆるめる。


「一瞬?」

「うん……今、この瞬間が撮りたいからさ」


大輔は磨いていたレンズをケースにしまう。

志穂は、それからもじっと大輔の顔を見る。


「ねぇ、大輔。ここに来るまで幼稚園の子供たちの写真、撮っていたって言っていたよね」


大輔は、それが全てではないけれどと、言い返す。


「子供って、世界中どこでも同じだと思う?」


志穂は、大輔の顔を見ながら、そう尋ねた。

大輔は、少し考える仕草をした後、『うん』と軽く頷く。


「日本の幼稚園の子供たちも、この小学校に通う子供たちも、
みんな『未来』を夢見る顔をしている。これから楽しいことがたくさんあって、
自分たちはそこに向かっていけると、信じているからだろうね」

「ふーん……」


志穂はそこから話を広げることなく、黙ったままになる。

ガタガタと窓が動く音がし始め、外は雨が降り出したのがわかる。

志穂は、そろそろ部屋に戻ろうかなと、立ち上がると一度背伸びをした。


「私、手放してから1度も会ったことがないんだけど……」


志穂の告白に、大輔は顔を上げる。


「私、実は子供を産んでいるんだよね。
もしかしたら、罪滅ぼしにここにいるのかもしれない。ううん、なんだろう。
今、自分はこうしてやっているぞということを、気持ちに刻み付けているのかも」


志穂はそういうと、外の風に当たってくるといい部屋を出て行った。

大輔は、今まであまり自分のことを話していなかった志穂の告白に、

どういう意味なのかもわからず、そのままレンズを磨き続ける。

数分経った頃だろうか、風が強くなり、窓の揺れる音が強くなった。

大輔は外に出た志穂が、この風の強さに戻らないことが気になり、

テーブルにレンズを置くと玄関を開ける。

雨はそれほどでもないのに、風はさらに強くなる、

大輔は志穂がどこにいるかと首を動かした。

日本と違い、ミャンマーでも田舎になるこの場所は、夜は真っ暗になる。

部屋の明かりが届かない場所に出ていくことはないだろうと、

大輔は家の周りを歩いてみた。玄関とは反対側になる場所に小さなベンチがあり、

そこに座っている志穂が見える。


「藍田さん」


大輔は、こんなところでは濡れてしまうとそばに向かう。

志穂は顔を横に振り、大丈夫だからと大輔の手を拒絶した。


「……いいの、今、少し感情が高ぶっているから。このままにしておいてよ」


志穂はそういうと、精一杯強がった笑顔で大輔を見る。

志穂の悲しさの中に、どこか怒りの表情が見える顔を見た瞬間、

大輔は、いるか組に泣きながら飛び込んできた陽菜のことを思い出した。

盆踊り大会の日、去っていく園児に対しての涙と、

今思えば、『不倫』という世間的には否定される『恋』に進みだした

自分への悩みの中にいた人。

何も言わない大輔の顔を見た志穂の表情は、ゆがんでいく。

顔が濡れているのは、雨だけではないと、大輔にもわかってしまう。


「大丈夫。この暗い中を出て行くようなことはしないから」

「でも……」

「お願い……少しだけ放っておいて」


大輔は今まで見たことのない志穂の表情に戸惑いながらも、

それなら戻ると、背中を向ける。


「ありがと……」


志穂はそういうと、ベンチに座ったまま、軽く鼻をすすった。

大輔は部屋に戻る道を歩きながら、陽菜はどうしているだろうかと考えた。



【27-1】

それぞれの恋の色を塗っていくと、そこに見える『Color』は……
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