29 忘れずに生きていくこと 【29-1】

29 忘れずに生きていくこと
【29-1】
『灰田に利用されている』


有紗にとってみると、この出来事は『過去形』で終わるはずだった。

秘書として任命され、仕事の出来る灰田に気持ちを寄せたのは、有紗自身で、

恋心は叶わなかったものの、あくまでもそこまでだと、そう思っていた。

しかし、水島や宮石の話を信じると、灰田は今現在も、有紗を利用し、

知らない荷物まで背負わせようとしている。


「灰田部長は、すでに現在の経営トップ陣に、
会社の資料を持ち出したのは自分のそばにいた秘書だったと、話しています」

「私……私は何も」

「そんなことはわかってますよ。おそらく経営陣も」


栗田は、経営陣も灰田の闇部分には薄々気付いていると語る。

しかし、それ以上に力を持つ男を、敵には回したくないのだと言い、

両手を頭の後ろで組み始める。


「山吹さんがそういうことをしたのは、
自分に対して、愛情を向けたいという女の気持ちからしたものだ、
私自身も、自分のためにしていることだと思うと、強く言えなかった……と、
灰田部長は説明しています」

「上層部も、今からマスコミにあれこれ騒がれるのは、イメージが悪くなると思い、
灰田部長の周りで起きた出来事は、そういった個人的な付き合いの馴れ合いだったと決め、
内密に処理するつもりになっているらしい」


灰田との関係に溺れ、社員としてしてはいけないことをしたのは有紗だと、

自分の知らないところで『ウソの結論』が出ていることを、今、初めて知らされる。


「山吹さん、あなたが灰田部長に幻滅し会社を辞めてしまえば、
これ以上の追求はなく、また、新しくことが始められます。実際、灰田部長は、
以前にも別の会社で同じようなことがあったとき、そばにいた女性に、
罪を擦り付けました」


灰田が自分に対して冷たくなったのは、

長い間付き合いのある間宮あかりとの関係があるからだと、そう思っていたが、

実際には、『捨て駒』だったということがわかり、愕然とする。


「ごめんなさい、こんな話をしてしまって。それに、今までもずいぶん、
山吹さんには辛く当たっていたと、僕自身、そう思います。でも、
そうしなければ、灰田部長に信頼されませんでした。あらためて謝ります」


水島はそういうと、有紗に深々と頭を下げる。


「こういうことが起こっているのです。ですから、今退社をするのは待ってください。
山吹さんの悪いようにはしません。とにかく、もう少し……」


水島の言葉に、有紗は返事をしないまま、宮石を見る。

突然のことが怒涛のごとく押し寄せてきてしまい、気持ちが全くついていかない。


「あの宮石さん……」

「はい」

「白井大輔さんをご存知ですか」


有紗自身も、この話に、大輔が関係ないことくらいわかっていたが、

何か『現実』につながるものが欲しくて、ついそう聞いてしまう。


「白井……、あぁ、カメラマンの白井君。はい」


宮石は、『フォトラリー』で仕事をしてもらった、

しっかりとしたカメラマンだと大輔を褒めた。

有紗は、この宮石が本当に編集長で、今聞かされた話しが、ウソではないのだと考える。


「白井君が、何か」


有紗は、大輔とはちょっとした縁で知り合いなのだと、宮石に話した。


「あぁ、そうだったのですか。白井君は」

「今は、別の仕事で、ミャンマーへ」

「おぉ……すごいな」


宮石は、彼は頑張りやだからと、大輔の話をする。

有紗は、水島から受け取った『栗田大悟』の名刺を出した。


「以前、栗田さんに会社の前で話しかけられた後、白井さんに聞きました。
でも、栗田さんを知らないと言われて」

「あぁ、そうですか、そうですね。『フォトラリー』の編集部は、
それぞれ記事の内容があるので、横のつながりを持ちません。
全てのメンバーを把握しているのは、おそらく私だけでしょう」


宮石は、ひとりでも少ない人数で記事作りをしないと、

思いがけないところから内容が漏れてしまって、書けなくなることも多いのでと、

そう話す。


「これは、水島さんからの持込なので」


有紗は、灰田にかわいがられていると思っていた水島が、

実際には、灰田を裏切っているという事実を知った。


「水島さん……それじゃ」

「はい。灰田部長のそばに僕がいるのは、このためです。
この記事がハッキリしたら、『リファーレ』を辞めるつもりです。
まぁ、勤めていられるわけはないですが。ですので、それほど長くはいないでしょう」


水島はそういうと、緊張に固まった表情を少しだけ緩めて見せた。

有紗は、水島のそんな柔らかい表情を見る。

水島は、かけていたメガネを初めて外す。

有紗は、その顔を見たとき、以前どこかで会った気がして、思わずじっと見てしまう。


「水島さん……私、以前どこかで」

「はい。以前、山吹さんとはお会いしています」


有紗は灰田と行動しながら、色々な場所で出会った人たちの顔を思い返した。

水島と初めて会った時には、冷たいメガネのイメージばかりがあり、

会ったことがある相手だとも、考えたことがなかった。


「昔は、もう少し髪の毛も……」

「……短かったですよね。あの……スタジオに何度か向かった日」

「そうです」

「運転手として来てくれていた」

「はい」


水島は『思い出してくれましたか』と、笑ってみせる。

有紗は、灰田と一緒にCM撮影の現場を訪れたとき、

よく車を運転してくれた若い男性がいたことを思い出した。



【29-2】

それぞれの恋の色を塗っていくと、そこに見える『Color』は……
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